第47話(第2部完結) 監査報告書(クローズ) ~魔王軍株式会社、次なる野望(IPO)へ~

 魔界、魔王城。

 一週間もの間、薄暗い「予備電源(バッテリー)」による節電モードで凌いでいた城内に、ついに活気が戻った。

 地下プラントの再稼働により「主電源」が復旧。赤い非常灯が消え、いつもの煌々とした魔法照明が輝きを取り戻したのだ。

 最上階、社長室。
 かつて魔王の私室だったこの場所は、今では大型の円卓とホワイトボードが置かれた、近代的な「役員会議室」へと改装されている。

「……く、クリフよ」

「はい、社長」

 魔王ゼノンは、ブラッドオーク製の重厚なデスク(社長机)で、眼前に積み上げられた書類の山と、一冊の分厚い報告書を前にして、口をパクパクとさせていた。

 クリフはいつもの黒いスーツ姿で、涼しい顔をして立っている。

 その隣には、満足げに限定・魔界プリンを食べているアリスと、新しい装備(聖教国製の特注鎧)に身を包んだガントが並んでいた。

「余は……『聖教国の市場調査をしてこい』と言ったはずだが?」

「ええ。行ってまいりました」

「市場調査の結果が……『国家買収』なのか?」

 ゼノンが震える手で報告書をめくる。
 そこに記されていた数字は、魔王軍の創設以来、見たこともない内訳だった。

[聖教国出張・決算報告書]
―――――――――――――――――――
1. 金融収支(PL)
 ・空売りによる純利益:+3,000億マナ
 ・凍結資産の回収(元本):+5,000億マナ

2. 資産状況(BS)
 ・聖教国・国庫(管理下資産):+3,200億マナ
 ・新規獲得子会社:聖教国エリュシオン株式 100%

3. 人事・設備
 ・新規雇用:2名(技術顧問、広報担当)
 ・新規獲得備品:新型生体フィルター×1
―――――――――――――――――――

「い、一兆……!?」
 ゼノンが絶叫した。

「小遣い稼ぎをしてこいとは言ったが、誰が世界経済を支配してこいと言った!
 これでは、我々が侵略者みたいではないか!」

「誤解です、社長。これは純粋な『経済活動(M&A)』の結果です」
 クリフは眼鏡の位置を直した。

「相手側が勝手に自滅し、我々がその債権を保護しただけのこと。
 ……むしろ、感謝されていますよ。聖教国の新代表セレスティア氏からは、毎日感謝のメールが届いています」

「そ、そうか……。まあ、民が幸せならよいのだが……」
 ゼノンは額の汗を拭い、改めて魔導計算機を叩いた。

「しかし、待てよクリフ。
 5,000億は元々のワシらの金(元本)だから、利益ではないな?」

「おっしゃる通りです。ですが社長、注目すべきは『キャッシュフロー』の増加分です」

 クリフは指を立てて解説した。

「空売りで得た『3,000億の現金(キャッシュ)』。
 そして、管財人として自由に使える『3,200億の内部留保』。
 ……合わせれば、たった一週間で6,200億マナもの流動資金を新たに確保したことになります」

「ろ、6,200億……!」
 ゼノンがゴクリと唾を飲み込む。

「我が社の前期の年商が約5,000億マナだぞ?
 つまり、たった一週間で、年商を上回る『使える金』を持ち帰ってきたというのか……!」

「ええ。これだけの軍資金があれば、当面の資金繰りの懸念は完全に払拭されました。
 以前から計画していた大型投資も、銀行融資に頼らず即座に実行可能です」

「うむ! 大儀であった!……
 で、だ。……地下から聞こえる、あの『うめき声』はなんだ?」

 ゼノンが床を指差す。
 地下深くから、微かに「だしてくれぇぇ!」「俺は主人公だぞぉぉ!」という声と、激しい回転音が響いてくるのだ。

「ああ、あれは『新型フィルター(キョウヤ)』の稼働音です」  クリフは事もなげに言った。

「以前の炉心(アルヴィン)よりも出力が安定しており、非常に優秀です。
 なにせ『転生特典』という無尽蔵のエネルギーを持っていますからね。 向こう300年は交換不要の永久機関です」

「……お、おう。そうか。  ……魔王の余よりもえげつないな、お主は」

ゼノンが若干引き気味に頷く。

「それで、元・炉心のアルヴィンはどうしたのだ?」

「彼は『技術顧問』として再雇用しました。  現在は地下で、キョウヤ氏がサボらないよう、鞭を持って嬉々として監視業務に当たっています」

「……被害者が加害者になるシステムか。恐ろしい職場だ」

 ともあれ、一件落着だ。
 資金はある。国も手に入れた。エネルギー問題も解決した。

「これにて魔王軍も安泰じゃな! 今夜は宴を開くぞ!」

 ゼノンが立ち上がり、ガントたちが「やったぜ!」「宴会だー!」と歓声を上げる。

 だが。
 クリフだけは、動かなかった。

「社長。浮かれている場合ではありません」

「ん? まだ何かあるのか?」

 クリフは、懐から「新たな書類」を取り出し、デスクに叩きつけた。
 バンッ!

「今回の黒字は、あくまで『一時的な特別利益』に過ぎません。
 この資金を使って、次なるステップへ進まなければなりません」

 クリフの目が、鋭く光る。

「見てください、このデータを。
 先日、子会社化した聖教国ですが……内部はボロボロです。
 インフラ整備、食糧支援、産業育成。
 ……この国を黒字化させるには、莫大な『PMI(合併後の統合プロセス)コスト』がかかります」

「えっ……せっかく儲けた金を、また全部使ってしまうのか?」

「当然です。金は金庫に寝かせておいても腐るだけです。
 投資して、さらに大きなリターンを得るのが経営です」

 クリフは、不敵にニヤリと笑った。

「休みはありませんよ、社長。
 聖教国の再建を成功させ、グループ全体の企業価値(バリュエーション)を極限まで高めた暁には……」

 クリフは窓の外、広大な魔界と人間界の空を見据えた。

「いよいよ、悲願である『株式上場(IPO)』を狙います」

「あ、IPO……? また難しそうなことを……」

 ゼノンががっくりと肩を落とす。

 アリスは「面白そう! 上場したら株価操作していい?」と目を輝かせ、ガントは「へっ、よくわからねぇが、自社株買いってのができりゃあ俺たちも金持ちか?」と腕を鳴らす。

 最強のCFO最高財務責任者がいる限り、魔王軍(株式会社)の戦いは終わらない。
 赤字がある限り、不正がある限り、彼の魔導計算機が止まることはないのだ。

「さあ、業務再開です。
 ……徹底的に、黒字にしますよ」

 クリフ・オーデルは眼鏡を押し上げ、新たな戦場(デスクワーク)へと歩き出した。

 ――第2部 完――

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