第48話 1兆マナの使い道と、CFOの新たな野望 ~「勇者」は職業ではなく、ただの役割になります~

 魔王城、最上階。
 かつては魔王の私室だったこの場所は、今では大型の円卓とホワイトボードが置かれた、近代的な「役員会議室」へと改装されている。

 だが、今日の議題はいつになく重い。
 円卓の中央に置かれた、一冊の分厚い決算報告書。
 そこには、今回の聖教国との経済紛争における最終的な着地点が記されていた。

【連結運用可能資産総額:約1兆1,200億マナ】

 内訳はこうだ。
 空売りによる純利益が3,000億。
 凍結解除により回収した内部留保が5,000億。
 そして、管財人として管理権を掌握した聖教国の国家予算が3,200億。

 これら全てを合わせ、我々は一国の国家予算を遥かに超える、天文学的な資金運用権限を手に入れたことになる。

「……うむ。素晴らしい数字だ、クリフよ」

 沈黙を破ったのは、我らがCEO、魔王ゼノン様だった。
 彼は満足げに頷くと、キラキラした瞳で提案した。

「よし! ならば、この金で『国民全員に1億マナずつの特別給付金』を配ろうではないか! 皆、此度の聖教国との揉め事では不安な思いをしただろうからな!」

 私は即座に、手元の「却下」スタンプを報告書に叩きつけた。

「却下です」
「なっ!? な、なぜだ! 民を労って何が悪い!」

「ハイパーインフレでパンの値段が1億マナになるだけです。経済を崩壊させる気ですか」

 ゼノン様は「むぅ」と唸ると、次はガントたちの方を向いた。

「ならば、社員還元だ! 『全社員参加、一ヶ月間の聖教国・超豪華慰安旅行』はどうだ! もちろん費用は全額会社持ち、有給扱いとする!」

「うおおおおっ! 一生ついていきます魔王様ぁぁぁッ!」
「社長! 俺、枕投げしたいッス!」

 ガントとアンデッド社員たちが歓声を上げて涙を流す。
 私は冷ややかな目で、計算機を弾いた。

「却下です。一ヶ月も業務を止めたら、その隙に人間界の別勢力に攻め込まれて滅びますよ」

「クリフゥゥ! 貴様には血も涙もないのか!」

 ゼノン様がテーブルを叩く。
 まったく。この方は「自分のための贅沢」には興味がないくせに、「身内への大盤振る舞い」となると金銭感覚がバグるのだ。ある意味、最高の上司だが、CFO最高財務責任者としては頭が痛い。

「いいですか、社長。
 企業において、利益とは『配るもの』ではありません。『次の戦い』のために投資するものです」

 私は眼鏡の位置を直し、部屋の照明を落とした。
 空中に、次なるターゲットの映像が投影される。

 それは、世界中の都市に支部を持つ、巨大な石造りの建物だった。

「冒険者ギルド……?」

 ゼノン様が怪訝な顔をする。
 そう。人間界最大の互助組織であり、魔王軍の天敵である冒険者を管理する総本山。

「我々の次の目標は、この『冒険者ギルド』の買収(M&A)です」

 会議室がざわめく。
 ガントが呆れたように声を上げた。

「おいおい大将、正気か?
 ギルドってのは、俺たち魔物を殺すための組織だぞ? そんなもん買い取ってどうすんだよ」

「逆ですよ、ガント。
 彼らが『魔物を殺す』のは、それが金になるからです。ならば、我々が彼らのオーナーになり、別の仕事を与えればいい」

 私は手元の石版(スレート)を操作し、ギルドの闇深い収益構造図を表示させた。

「現在のギルドは腐敗しています。
 冒険者が命がけで得た報酬から、仲介手数料、支部運営費、貴族への上納金、謎の協力金……と何重にも差し引かれ、最終的なピンハネ率は『80%』にも達しています」

「は、80%ォ!? ボッタクリじゃねぇか!」
 ガントが目を見開く。

「ええ。命がけでドラゴンを倒しても、手元に残るのは銅貨数枚。
 しかも、依頼の承認には時間がかかり、換金も遅い。旧態依然とした多重下請け構造のブラック体質……それが今のギルドです」

 私はニヤリと笑った。

「ここに、風穴を開けます」

 画面が切り替わる。
 そこに表示されたのは、アリスが開発した新しいアプリアイコンだった。
 剣と盾が重なり合い、スタイリッシュなデザインで描かれた『勇』の文字。

「新サービス、『勇-Share (ユーシェア)』です」

「ゆー……しぇあ?」
 ゼノン様が首を傾げる。

「ええ。『勇者(Yuusha)』の力を『シェア(Share)』する。
 これは、ギルドを通さずに、冒険者と依頼人を直接結びつけるマッチングアプリです」

 私は熱弁を振るう。
 これこそが、1兆マナを使って仕掛ける世界変革の第一歩だ。

「各自の魔導端末にインストールするだけで、クエストを受注し、報酬は即時決済。
 そして何より、我々が取る手数料はたったの『5%』です」

「ご、5%だと!? 安すぎる!」
 ガントが驚愕する。

「貴族の中抜きを排除すれば、これでも十分な利益が出ます。
 若手の冒険者は、手数料の高いギルドを捨てて、雪崩を打ってこのアプリに流入するでしょう。
 そうすれば、ギルドは干上がり、二束三文で買い叩けるようになる」

 完璧な計画だ。
 ギルドを解体し、再構築することで、人間界の「武力」を我々の「経済圏」に組み込む。
 これぞ、血を流さない世界征服。

 だが。
 ここでアリスが、ペロペロキャンディを舐めながら手を挙げた。

「でもさークリフ。それ、誰が信用するの?」

「……何?」

「だってあたしたち、魔王軍じゃん。『反社』じゃん。
 人間たちが、魔物の作った怪しいアプリなんてインストールしてくれるかなー?」

 アリスの指摘に、会議室が静まり返る。
 その通りだ。
 我々には金はある。技術もある。だが、致命的に足りないものがある。

 ──『社会的信用(ソーシャル・トラスト)』だ。

 どんなに便利なサービスでも、「運営会社:魔王軍」と書かれていれば、誰も使わない。ウィルス入りだと疑われるのがオチだ。

「……ええ。わかっていますよ、アリス」

 私は頷き、懐から一枚の書類を取り出した。
 それは、人間界にある「世界証券取引所」への申請書類だった。

「だからこそ、我々は『表舞台』に出るのです」

 私は役員たちを見渡し、宣言した。

「株式会社デーモン・ホールディングスは、これより『株式上場(IPO)』を目指します」

「あいぴー……おー?」
 ゼノン様が目を白黒させる。

「我々の経営を透明化し、市場の監査を受け、誰もが知る『公的な大企業』になるのです。
 上場企業となれば、もはや誰も我々を『野蛮な魔物の群れ』とは呼べません。
 世界中の投資家を株主(味方)につけ、堂々と人間社会を支配する……それが、私の描くグランドデザインです」

 一瞬の静寂。
 そして、ゼノン様がおずおずと尋ねた。

「よくわからんが……上場したら、社員旅行には行けるのか?」

「……株価が上がれば、ストックオプションで個々人が勝手にハワイでもどこでも行けるようになりますよ」

「よし! ならば許可する!
 行けクリフよ! その『IPO』とやらで、世界をあっと言わせてやれ!」

 魔王の承認(決裁)は下りた。
 私は書類を鞄にしまい、不敵に微笑んだ。

「承知いたしました。
 ……さあ、忙しくなりますよ。まずは、うるさい監査を黙らせる『主幹事証券』探しからです」

 こうして、魔王軍の新たな戦いが始まった。
 敵は剣を持った勇者ではない。
 六法全書を持った弁護士と、赤ペンを持った監査法人だ。

(続く)

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