第49話 主幹事証券が見つからない ~手数料10%? 結構。その代わり「株価安定操作」は御社の責任ですよ~

 株式会社デーモン・ホールディングス、CFO最高財務責任者室。
 私は頭を抱えていた。
 机の上には、人間界の証券会社から送り返された書類の山が築かれている。

「……また『不承認』ですか」

 私は溜息をつき、直近の一通をシュレッダーにかけた。
 『お断り状』の文面は、どれも判で押したように同じだ。

『拝啓 貴社の事業計画(世界征服)は魅力的ですが、コンプライアンス上の観点から、当社ではお取り扱いできません』

『追伸:代表取締役(魔王)の反社会的勢力チェックにて、該当ありとの結果が出ました』

「そりゃそうでしょうね……」

 上場(IPO)を行うには、パートナーとなる「主幹事証券会社(リード・アンダーライター)」が必要不可欠だ。
 彼らが我々の株を引き受け、投資家に販売し、取引所への推薦状を書いてくれなければ、上場のスタートラインにも立てない。

 だが、人間界の大手証券会社はどこも「魔王軍」と聞いただけで門前払いだ。
 このままでは、上場計画が書類審査の前段階で頓挫してしまう。

「困りましたね……。これほど『反社チェック』が厳しいとは」

 私が天井を仰いでいると、不意に窓ガラスがガタガタと震えた。
 次の瞬間、無数の蝙蝠(コウモリ)が室内に雪崩れ込み、一人の妖艶な美女の姿を形作った。

「ごきげんよう、クリフちゃん。……そろそろ社員全員の制服をボンテージにしてくれる気になったかしら?」

 大株主(保有比率25%)、吸血鬼のカーミラだ。
 真紅のドレスに身を包み、ワイングラス(中身は濃厚なトマトジュース)を揺らしている。

「カーミラ様。残念ながら、その『福利厚生案』は、公序良俗に反するため却下済みです」

 私は淡々と返しつつ、本題に入った。

「それより、貴女の資産価値(キャピタルゲイン)を100倍にする計画が、壁にぶつかっています」

 私は事情を説明した。
 人間界の証券会社が、魔王軍を扱ってくれないこと。
 このままでは上場できず、彼女の持っている株も「未公開の紙切れ」のままであること。

「あら、それは困るわね」
 カーミラは眉をひそめた。
「私は新しい古城のリフォーム代が必要なのよ。……仕方ないわね」

 彼女は懐から、一枚の黒い名刺を取り出し、デスクに滑らせた。

「表の証券会社がダメなら、『裏』を使えばいいじゃない」

「裏……?」

 名刺には、金色の箔押しでこう書かれていた。

【地底証券 ゴブリン・サックス(Goblin Sachs)】

「ゴブリン……サックス?」

「ええ。ドワーフの金貸しや、闇市場の商人を相手にする、地底世界の金融フィクサーよ。金さえ積めば、どんな汚い金でも洗浄(ロンダリング)して上場させてくれるわ」

 私は眼鏡を光らせた。
 悪名高い、裏社会の金融巨人か。
 背に腹は代えられない。

「……アポイントをお願いできますか」

「もちろんよ。私だって、早く大金持ちになりたいもの」

 ***

 数日後。
 私とカーミラは、地底深くにある彼らの応接室に通された。
 薄暗い部屋には、高級な葉巻の煙が充満している。

 ソファの向かいに座っているのは、身長1メートルほどの小男。
 だが、その身に纏っているのは最高級のオーダーメイドスーツだ。
 地底証券の代表、ゴブ社長である。

「ヒヒッ……魔王軍の上場(IPO)だと? 面白い冗談だ」

 ゴブ社長は、金歯を剥き出しにして笑った。
 その目は、獲物を値踏みする爬虫類のように冷たい。

「人間界の取引所は堅苦しい。だが、俺たちには『裏口』がある。
 王国の貴族や審査員を金で黙らせ、無理やり上場させるパイプがな」

「それは頼もしい。では、引き受けていただけますか?」

「ああ、いいぜ。……ただし」

 ゴブ社長は、短い指を突き立てた。

「引受手数料(アンダーライティング・フィー)は、調達額の『10%』だ」

「10%!?」
 私は思わず声を上げた。
 通常、上場の手数料は高くても7%程度だ。10%など、もはや高利貸しの領域である。

「ヒヒッ! 嫌なら帰んな!
 『反社』のレッテルを貼られた魔王軍を引き受けるんだ。リスクプレミアムってやつさ」

 足元を見られている。
 だが、ここで席を立てば上場は夢と消える。

 私は一瞬、魔導計算機を弾き……そして、静かに眼鏡を押し上げた。

「……わかりました。10%で手を打ちましょう」

「ヒッ! 話が早くて助かるぜぇ!」
 ゴブ社長が勝利の笑みを浮かべ、契約書を差し出す。

 だが。
 私はその契約書を押さえつけ、一本の万年筆を取り出した。

「ただし、特約条項(コベナンツ)を追加させていただきます」

「あぁ? なんだ?」

「『グリーンシューオプション(超過割当)』および、『株価安定操作』の義務化です」

 専門用語に、ゴブ社長が瞬きする。
 私は冷徹に説明を続けた。

「貴社には、上場後に市場へ追加で株を売る権利(グリーンシュー)を与えます。
 その代わり……もし上場直後に株価が公開価格を割った場合、貴社は自己資金を使って、無制限に買い支えを行わなければならない」

「な……!?」

「そして、もし買い支えきれず、初値が公開価格を下回った場合……引受手数料10%は『全額没収』とさせていただきます」

 ゴブ社長の顔から、血の気が引いていく。
 手数料10%という莫大な利益。
 だが、もし失敗すれば、買い支えで巨額の損失を出す上に、手数料すら貰えない。
 つまり、ゴブリン・サックスは魔王軍と「一蓮托生」になる。

「お、おい待て! そんなリスク、負えるわけが……!」

「おや? 自信がないのですか?
 貴社ほどのフィクサーなら、株価の維持くらい朝飯前でしょう?
 それとも……その高級スーツはただの飾りですか?」

 私は挑発的に微笑んだ。
 横で見ていたカーミラも、扇子で口元を隠して笑う。

「あら、ゴブ社長。まさか『怖い』のかしら?」

「ぐ、ぬぬぬ……ッ!」

 ゴブリン特有の強欲さが、理性を上回る。
 10%の利益は魅力的すぎる。成功させれば、一生遊んで暮らせる額だ。

「チッ……わかったよ。その代わり、大株主(魔王とカーミラ)には180日間のロックアップ(売却禁止)をかけてもらうぜ。上場直後に売り逃げされたらたまらねぇからな」

「ええ、構いませんよ。我々は長期保有が前提ですから」

「フフッ、私も問題ないわよ」

「……やって、やろうじゃねぇか!!
 俺たちのネットワークを総動員して、絶対に株価を吊り上げてやるよ!!」

 ゴブ社長は震える手で、契約書にサインした。
 これで、最強にして最悪のパートナーが手に入った。

「契約成立ですね。
 ……さあ、忙しくなりますよ。次は、我々の『事業内容』を突いてくる、うるさい法律家との戦いです」

 私はサインされた契約書を鞄にしまい、地底の闇の中で不敵に笑った。
 主幹事証券、確保完了。
 魔王軍上場計画、フェーズ2へ移行する。

(続く)

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