株式会社デーモン・ホールディングス、CFO室。
私は頭を抱えていた。
机の上には、人間界の証券会社から送り返された書類の山が築かれている。
「……また『不承認』ですか」
私は溜息をつき、直近の一通をシュレッダーにかけた。
『お断り状』の文面は、どれも判で押したように同じだ。
『拝啓 貴社の事業計画(世界征服)は魅力的ですが、コンプライアンス上の観点から、当社ではお取り扱いできません』
『追伸:代表取締役(魔王)の反社会的勢力チェックにて、該当ありとの結果が出ました』
「そりゃそうでしょうね……」
上場(IPO)を行うには、パートナーとなる「主幹事証券会社(リード・アンダーライター)」が必要不可欠だ。
彼らが我々の株を引き受け、投資家に販売し、取引所への推薦状を書いてくれなければ、上場のスタートラインにも立てない。
だが、人間界の大手証券会社はどこも「魔王軍」と聞いただけで門前払いだ。
このままでは、上場計画が書類審査の前段階で頓挫してしまう。
「困りましたね……。これほど『反社チェック』が厳しいとは」
私が天井を仰いでいると、不意に窓ガラスがガタガタと震えた。
次の瞬間、無数の蝙蝠(コウモリ)が室内に雪崩れ込み、一人の妖艶な美女の姿を形作った。
「ごきげんよう、クリフちゃん。……そろそろ社員全員の制服をボンテージにしてくれる気になったかしら?」
大株主(保有比率25%)、吸血鬼のカーミラだ。
真紅のドレスに身を包み、ワイングラス(中身は濃厚なトマトジュース)を揺らしている。
「カーミラ様。残念ながら、その『福利厚生案』は、公序良俗に反するため却下済みです」
私は淡々と返しつつ、本題に入った。
「それより、貴女の資産価値(キャピタルゲイン)を100倍にする計画が、壁にぶつかっています」
私は事情を説明した。
人間界の証券会社が、魔王軍を扱ってくれないこと。
このままでは上場できず、彼女の持っている株も「未公開の紙切れ」のままであること。
「あら、それは困るわね」
カーミラは眉をひそめた。
「私は新しい古城のリフォーム代が必要なのよ。……仕方ないわね」
彼女は懐から、一枚の黒い名刺を取り出し、デスクに滑らせた。
「表の証券会社がダメなら、『裏』を使えばいいじゃない」
「裏……?」
名刺には、金色の箔押しでこう書かれていた。
【地底証券 ゴブリン・サックス(Goblin Sachs)】
「ゴブリン……サックス?」
「ええ。ドワーフの金貸しや、闇市場の商人を相手にする、地底世界の金融フィクサーよ。金さえ積めば、どんな汚い金でも洗浄(ロンダリング)して上場させてくれるわ」
私は眼鏡を光らせた。
悪名高い、裏社会の金融巨人か。
背に腹は代えられない。
「……アポイントをお願いできますか」
「もちろんよ。私だって、早く大金持ちになりたいもの」
***
数日後。
私とカーミラは、地底深くにある彼らの応接室に通された。
薄暗い部屋には、高級な葉巻の煙が充満している。
ソファの向かいに座っているのは、身長1メートルほどの小男。
だが、その身に纏っているのは最高級のオーダーメイドスーツだ。
地底証券の代表、ゴブ社長である。
「ヒヒッ……魔王軍の上場(IPO)だと? 面白い冗談だ」
ゴブ社長は、金歯を剥き出しにして笑った。
その目は、獲物を値踏みする爬虫類のように冷たい。
「人間界の取引所は堅苦しい。だが、俺たちには『裏口』がある。
王国の貴族や審査員を金で黙らせ、無理やり上場させるパイプがな」
「それは頼もしい。では、引き受けていただけますか?」
「ああ、いいぜ。……ただし」
ゴブ社長は、短い指を突き立てた。
「引受手数料(アンダーライティング・フィー)は、調達額の『10%』だ」
「10%!?」
私は思わず声を上げた。
通常、上場の手数料は高くても7%程度だ。10%など、もはや高利貸しの領域である。
「ヒヒッ! 嫌なら帰んな!
『反社』のレッテルを貼られた魔王軍を引き受けるんだ。リスクプレミアムってやつさ」
足元を見られている。
だが、ここで席を立てば上場は夢と消える。
私は一瞬、魔導計算機を弾き……そして、静かに眼鏡を押し上げた。
「……わかりました。10%で手を打ちましょう」
「ヒッ! 話が早くて助かるぜぇ!」
ゴブ社長が勝利の笑みを浮かべ、契約書を差し出す。
だが。
私はその契約書を押さえつけ、一本の万年筆を取り出した。
「ただし、特約条項(コベナンツ)を追加させていただきます」
「あぁ? なんだ?」
「『グリーンシューオプション(超過割当)』および、『株価安定操作』の義務化です」
専門用語に、ゴブ社長が瞬きする。
私は冷徹に説明を続けた。
「貴社には、上場後に市場へ追加で株を売る権利(グリーンシュー)を与えます。
その代わり……もし上場直後に株価が公開価格を割った場合、貴社は自己資金を使って、無制限に買い支えを行わなければならない」
「な……!?」
「そして、もし買い支えきれず、初値が公開価格を下回った場合……引受手数料10%は『全額没収』とさせていただきます」
ゴブ社長の顔から、血の気が引いていく。
手数料10%という莫大な利益。
だが、もし失敗すれば、買い支えで巨額の損失を出す上に、手数料すら貰えない。
つまり、ゴブリン・サックスは魔王軍と「一蓮托生」になる。
「お、おい待て! そんなリスク、負えるわけが……!」
「おや? 自信がないのですか?
貴社ほどのフィクサーなら、株価の維持くらい朝飯前でしょう?
それとも……その高級スーツはただの飾りですか?」
私は挑発的に微笑んだ。
横で見ていたカーミラも、扇子で口元を隠して笑う。
「あら、ゴブ社長。まさか『怖い』のかしら?」
「ぐ、ぬぬぬ……ッ!」
ゴブリン特有の強欲さが、理性を上回る。
10%の利益は魅力的すぎる。成功させれば、一生遊んで暮らせる額だ。
「チッ……わかったよ。その代わり、大株主(魔王とカーミラ)には180日間のロックアップ(売却禁止)をかけてもらうぜ。上場直後に売り逃げされたらたまらねぇからな」
「ええ、構いませんよ。我々は長期保有が前提ですから」
「フフッ、私も問題ないわよ」
「……やって、やろうじゃねぇか!!
俺たちのネットワークを総動員して、絶対に株価を吊り上げてやるよ!!」
ゴブ社長は震える手で、契約書にサインした。
これで、最強にして最悪のパートナーが手に入った。
「契約成立ですね。
……さあ、忙しくなりますよ。次は、我々の『事業内容』を突いてくる、うるさい法律家との戦いです」
私はサインされた契約書を鞄にしまい、地底の闇の中で不敵に笑った。
主幹事証券、確保完了。
魔王軍上場計画、フェーズ2へ移行する。
(続く)
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