上場審査の書類選考を(強引な定款変更で)突破した我々を待っていたのは、次なる関門――「機関投資家向け説明会(ロードショー)」だった。
会場は、魔王城の迎賓館。
そこに集まったのは、地底証券ゴブリン・サックスが集めてきた「闇の投資家」たちだ。
数千年生きるリッチ(死霊王)、宝石を好むドワーフの富豪、そして人間の裏社会を牛耳るマフィアのボスたち。
彼らが、上場前の魔王軍株を買うかどうか、厳しい目で値踏みしている。
「……いいですか、皆さん」
控室で、私は役員たちに釘を刺した。
「今日のプレゼンは、公開価格(株価)を決めるための重要なイベントです。
投資家を安心させ、『この会社なら成長する』と思わせなければなりません。
くれぐれも、暴言や脅迫は厳禁ですよ。……特にヴォルカノス将軍」
「フン、わかっている!」
特注の巨大なスーツに身を包んだ火竜、ヴォルカノスが鼻息を荒くする。
ネクタイが首輪のように苦しそうだ。
「我輩の圧倒的な『武力』を見せつければ、奴らもひれ伏して株を買うだろう!」
「……それが不安なのですが。あくまで『防衛戦力』としてアピールしてくださいね」
私は一抹の不安を抱えながら、壇上へと上がった。
***
前半の財務プレゼンは完璧だった。
私の作成した美しい右肩上がりのグラフに、リッチたちが「ホゥ……」と感嘆の声を漏らす。
ゴブリン・サックスの担当者も、親指を立ててウィンクしてきた。順調だ。
そして、質疑応答(Q&A)の時間。
最前列に座っていた、陰気なダークエルフの投資家が手を挙げた。
「質問がある。
貴社の事業計画には『人間界への進出』とあるが……そこには『勇者』という競合リスクが存在する。
もし勇者パーティに拠点を襲撃された場合、どう対処するつもりかね? 損害賠償は?」
鋭い質問だ。これは「リスク管理体制」を問うている。
私はマイクを握りかけたが、それより早く、ヴォルカノスが立ち上がった。
「その質問には、我輩が答えよう!」
ドシィン!
演台が揺れる。ヴォルカノスは、投資家をギロリと睨みつけた。
「勇者だと? そんな羽虫ども、我が炎で焼き尽くせば何の問題もない!」
会場がざわつく。
まあ、ここまではギリギリ許容範囲だ。「強固な防衛力」と言えなくもない。
だが、投資家はさらに突っ込んだ。
「し、しかし、焼き尽くすと言っても……周辺住民への被害や、環境破壊のリスクはどうなる? 最近は『ESG投資(環境・社会・ガバナンス)』が重視される時代だぞ」
その瞬間。
ヴォルカノスのこめかみに青筋が浮かんだ。
「ええい、うるさいわッ!!」
ドンッ!!
彼が机を叩き割ると同時に、口から灼熱の炎が漏れ出した。
「ガタガタ抜かすな貧乏人どもが!
我輩は最強の火竜だぞ!? 環境だのガバナンスだの、知ったことか!
文句がある奴は、勇者ごとまとめて灰にしてやる!!
ついでに、株を買わない奴も全員燃やすぞオラァッ!!」
ゴォォォォォォォッ!!
天井に向かってブレスが放たれ、シャンデリアが溶け落ちた。
シーン……。
会場が凍りつき、次の瞬間。
「ひ、ひいいいいッ!」
「殺される! 逃げろ!」
「こんな野蛮な会社の株、買えるかぁぁッ!」
パニック映画のように、投資家たちが出口へ殺到する。
ゴブリン・サックスの担当者が、真っ青な顔で対応していた。
一時間後。|CFO室。
お通夜のような空気が流れていた。
ゴブリン・サックスからの最終報告書が、机の上に置かれている。
【公募価格の仮条件:大幅引き下げ】
【想定時価総額:10兆マナ → 1兆2,000億マナ(88%ダウン)】
「……これはいけませんね」
私は静かに震える指で、数字を指差した。
「我々の保有資産(現金+債権)が約1兆1,200億マナ。
対して、ブックビルディング(需要積み上げ)の結果、提示された仮条件の下限が1兆2,000億マナ……。
つまり、『魔王軍の事業価値(のれん代)』はほぼゼロと評価されたということです」
投資家はこう言っているのだ。
『お前らの持ってる金には価値があるが、お前らのビジネスには未来がない』と。
CFOとして、これ以上の屈辱はない。
「ヴォルカノスさん」
私は絶対零度の声で呼びかけた。
部屋の隅で、巨大な体を小さくして正座している火竜に向かって。
「ぬ、ぬう……。すまん。ついカッとなって……」
「『つい』で8兆マナ以上の期待値を吹き飛ばすバカがどこにいますか!!」
私は机を叩いた(私の手の方が痛かったが)。
「投資家への脅迫! ガバナンスの欠如! コンプライアンス違反の役満です!
貴方のせいで、市場からの評価は『反社以下の野蛮人集団』に落ちましたよ!」
「だ、だって奴らが細かいことを……」
「言い訳無用!!」
私は一枚の羊皮紙を叩きつけた。
「貴方には懲罰として、『100時間のコンプライアンス研修(座学)』を命じます。
内容は『アンガーマネジメント』『ハラスメント防止』『投資家との対話』の動画講習です。
修了試験に合格するまで、役員報酬は全額カット。現場への出入りも禁止です!」
「な、なんだとォ!?
我輩に、薄暗い部屋で延々と動画を見ろと言うのか!? 戦場に出せ! 暴れさせろ!」
「黙りなさい! これ以上株価を燃やされたくなければ、大人しく勉強してきなさい!」
私は屈強なミノタウロスの警備員を呼び、泣き叫ぶヴォルカノスを研修室(地下牢)へと連行させた。
「……はぁ。頭が痛い」
私は椅子に深々と沈み込んだ。
最大の「武力」であるヴォルカノスが、上場においては最大の「リスク」になるとは。
「クリフ、どうするの? このままだと、上場中止になっちゃうよ?」
アリスがペロペロキャンディを噛み砕きながら尋ねてくる。
私は思考を巡らせた。
「強さ」をアピールすれば「野蛮」と取られる。
ならば、逆を行くしかない。
「……イメージ戦略を変えましょう」
私は、部屋のソファでファッション誌を読んでいた女性に目を向けた。
「ミナさん」
「はいはい! 何かしらCFO? まさか『ボーナス支給』のお知らせ?」
元・聖女ミナ。
かつてはSランク勇者パーティの聖女だったが、脱税で逮捕され、どん底を見た後に魔王軍へ再就職。
現在はちゃっかり「株式会社デーモン・ホールディングス広報部・専属タレント」の座を勝ち取り、「ここは残業代も出るホワイト企業よ!」と鼻息荒く働いている。
その貪欲さと、転んでもただでは起きない図太さは、今の魔王軍に必要な「生命力」そのものだ。
「ボーナスに近い話ですよ。……貴女が、会社の『顔』になりなさい」
「はぁ? 私が?」
ミナは雑誌を閉じ、呆れたようにため息をついた。
「言っておくけど、私の世間体(イメージ)最悪よ? 『脱税聖女』なんて看板出したら、投資家から石を投げられるのがオチじゃない」
彼女は自分の商品価値を冷静に理解している。
だが、私は首を横に振った。
「逆です。ヴォルカノスのような『怖い魔王軍』のイメージを払拭するには、貴女のような『元聖女』というブランドと、可憐なルックスが必要なのです」
「炎上商法ってこと?」
「ええ。次の説明会から、プレゼンターは貴女です。
投資家たちに、その得意の『猫被り』で、『私たち、クリーンな会社に生まれ変わりました♡』と訴えてください」
「んー……リスク高いわねぇ。石を投げられる危険手当、ちゃんと出るんでしょうね?」
ミナが値踏みするような視線を送ってくる。
私はニヤリと笑い、一枚のカタログを提示した。
「成功報酬として、特別経費を認可します。……『エルフ・メゾン』の新作バッグなんてどうですか?」
ピクッ。
ミナの欲望センサーが反応した。
「……限定色のクロコ?」
「ええ。もちろん経費で」
「乗ったわ!」
ミナは即座に立ち上がり、髪をかき上げた。
その表情は、先ほどまでの計算高い顔から、慈愛に満ちた「聖女」の顔へと一瞬で切り替わっていた。
「任せなさいよ。私、パパ活……じゃなくて『ファンサービス』で、おじ様たちを転がすのは得意なんだから。チョロい投資家どもなんて、涙の一つも見せればイチコロよ」
「……頼もしいですね(色々な意味で)」
ミナが不敵に笑う。
ホワイト企業の好待遇と、ブランド品の餌。この二つがあれば、彼女は最強の広報マンになる。
これで「ガバナンス(見かけ上の安心感)」は確保できる。
だが、失った信用の回復には、まだ足りない。
私は窓の外、人間界の方角を見据えた。
「イメージアップだけでは限界があります。
……やはり、アレを投入するしかありませんね」
実弾。
すなわち、圧倒的な「利益」を生み出す新サービス。
「アリス。アプリ『|勇-Share(ユーシェア)』の開発状況は?」
「うん! いつでもリリースできるよ!」
「よし。
次の手は、冒険者ギルドへの直接攻撃です。
実利で黙らせれば、投資家たちも戻ってくるでしょう」
私は眼鏡を光らせた。
役員の不祥事は、圧倒的な業績でカバーする。それがCFOの仕事だ。
(続く)
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