魔王城、地下サーバー室。
そこは、無数の魔導石版が青白く発光し、冷却用の氷魔法が常に稼働している、魔王軍の心臓部だ。
中央の巨大なモニター前で、CTO(最高技術責任者)のアリスが、ペロペロキャンディを口から離し、ニヤリと笑った。
「準備オーケーだよ、クリフ。サーバー負荷テスト完了、決済ゲートウェイ接続よし。……いつでもイケる」
「始めましょう。これは、世界を変える『エンターキー』です」
私は静かに頷いた。
アリスが指先で、空中に浮かんだ【Release】ボタンを軽やかに叩く。
カターンッ。
その瞬間、世界中に普及している通信インフラ『魔導ネットワーク』を通じて、一つのアプリが拡散された。
――『|勇-Share(ユーシェア)』。
それは、数千年の歴史を持つ「冒険者ギルド」という巨大な既得権益を、たった一夜で過去の遺物に変える、悪魔の発明だった。
◇
人間界、王都。
冒険者ギルド本部、受付カウンター。
そこには、いつものように殺伐とした光景が広がっていた。
「おい! まだ報酬の査定が終わらねぇのかよ! もう3時間待ってるんだぞ!」
「すみません、現在担当者が休憩中でして……」
「ふざけんな! こっちは命がけでゴブリン狩ってきたんだぞ!」
Fランク冒険者の少年、カイル(16歳)は怒鳴り散らしていた。
彼の手元にあるのは、なけなしのゴブリンの耳が数枚。
ようやく窓口が開き、受付嬢が面倒くさそうに銀貨を放り投げる。
「はい、報酬500マナね」
「はぁ!? 依頼書には『報酬2,500マナ』って書いてあっただろ!」
「そこからギルド手数料30%、支部運営費20%、王都特別税10%、復興支援税、安全管理費……いろいろ引いて、手取りは500マナよ。文句ある?」
「……クソッ!」
カイルは唇を噛み締めた。
命がけで戦っても、手元に残るのはパン数個分の金だけ。
これではいつまで経っても新しい剣も買えない。
「やってらんねぇよ……」
ギルドを出て、地べたに座り込んだカイル。
その時、彼のポケットに入っていた魔導端末が震えた。
ピロン♪
『新着アプリ:あなたの冒険、もっと高く売れるかも? 手数料たったの5%! 今すぐダウンロード』
「……なんだこれ? 怪しい広告だな」
普段なら無視する。だが、「手数料5%」という数字が、飢えたカイルの指を動かした。
彼は半信半疑でアプリ『勇-Share』をインストールした。
起動した瞬間、洗練されたUI (ユーザーインターフェース)が表示される。
マップ上には、今の自分の現在地を中心に、無数の「依頼アイコン」がポップアップしていた。
『近くのクエスト:ポーション素材の採取』
『推奨ランク:F』
『報酬:2,000マナ(即時払い)』
「……は? 2,000マナ?」
カイルは目を疑った。
同じ依頼をギルドで受ければ、手取りは400マナ程度だ。5倍近い。
「嘘だろ……。でも、試すだけなら」
彼は震える指で【受注(タップ)】した。
すると、面倒な書類審査も、受付での待ち時間もなく、画面に『受注完了! 現地へ向かってください』と表示された。
――数十分後。
カイルは指定された薬草を採取し、アプリの査定機能でスキャンする。
『魔導AI査定中……完了。品質Aランクを確認』
『納品ボックスへ投函してください』
小さな転移ゲートが現れ、言われた通りに納品した、その瞬間。
チャリーン♪
端末から軽快な音が鳴り、画面上のウォレット残高が増えた。
【残高:2,000マナ】
「……マジかよ」
カイルは震えた。
中抜きがない。受付の嫌味もない。待ち時間ゼロ。
そして何より、報酬が圧倒的に高い。
「すげぇ……これ、すげぇぞ!!」
彼は興奮して、仲間の冒険者グループチャットに書き込んだ。
『おいお前ら! ギルドなんて辞めちまえ! このアプリやべぇぞ!!』
その衝撃は、燎原の火のごとく広がっていった。
◇
一週間後。
冒険者ギルド本部。
ギルドマスターは、異様な静けさに首を傾げていた。
いつもなら朝から晩まで冒険者でごった返しているロビーが、今日はガラガラなのだ。
いるのは、魔導端末を使えない老年のベテラン冒険者だけ。
「おい、どうなっている? 今日は祝日か何かか?」
ギルドマスターが職員に尋ねる。
青ざめた顔の職員が、震える手で報告書を差し出した。
「マ、マスター……! 依頼の受注件数が、先週比で90%減です!」
「何だと!?」
「若手の冒険者が、全員来なくなりました! みんな『勇-Share』とかいうアプリを使っていて……ギルドの依頼なんて安すぎてやってられないと……」
「バカな! ギルドを通さずに、誰が依頼の安全を保証するんだ!」
「それが……アプリの評価システム(レビュー)が機能しておりまして……『支払いも早いし、変な依頼主はBANされるから、ギルドより安全』だそうです……」
ガシャンッ!
ギルドマスターは持っていたワイングラスを床に叩きつけた。
「おのれぇぇッ! どこのどいつだ、我々の神聖な『中抜きビジネス』を邪魔する奴はぁぁ!!」
◇
魔王城、CFO室。
壁一面のモニターには、急上昇するグラフが映し出されていた。
『勇-Share』のアクティブユーザー数、そして流通総額(GMV)。
その曲線は、美しい「Jカーブ(指数関数的成長)」を描いている。
「ふふっ。止まりませんね」
私はコーヒーを啜りながら、満足げに呟いた。
隣でアリスが、ポテチを齧りながらキーボードを叩いている。
「すごい勢いだよクリフ! サーバー増強しないと追いつかない!
人間たち、よっぽどギルドに不満溜まってたんだねー」
「ええ。80%もピンハネされていれば当然です。
我々はただ、水が高いところから低いところへ流れるように、経済を正常化したに過ぎません」
私は眼鏡を光らせた。
このアプリの本質は、「冒険者ギルド」という独占企業の解体ではない。
「勇者」という職業を、誰でも気軽にできる「役割(ギグ・ワーク)」に変えたことにある。
モニターの片隅で、ゴブリン・サックスの株価ボードが点滅した。
暴落していた魔王軍の予想株価が、反転上昇を始めている。
「見てください。投資家たちも気づき始めましたよ」
私はヴォルカノスの失言で冷え込んだ市場が、再び熱を帯びていくのを感じた。
投資家は「野蛮な軍隊」には金を払わない。
だが、「世界中の労働力を支配するプラットフォーム」には、喜んで金を出す。
「さあ、ここからが本番です。
冒険者という『実働部隊』を押さえれば、ギルドはただの『空箱』になる。
……そうなれば、買収(M&A)は容易い」
私は手元の石版で、次のフェーズへの指示書を作成した。
タイトルは『目論見書の修正:プラットフォームビジネスへの転換』。
その時、広報担当のミナが、新しいブランドバッグ(デモンクロコ製)を抱えて部屋に入ってきた。
「ちょっとクリフ! 取材依頼が殺到してるんだけど!
『この画期的なアプリを作ったのは誰だ?』って、王都の新聞社がうるさいのよ!」
「おや、それは好都合ですね」
私はニヤリと笑った。
「ミナさん、貴女の出番です。
『これは元聖女の私が、貧しい冒険者を救うために発案しました(嘘)』と涙ながらに語ってください。
そうすれば、貴女の好感度も、会社の株価もストップ高です」
「……あんた、ほんと悪魔ね」
ミナは呆れつつも、鏡の前で「聖女の微笑み」を作り始めた。
「いいわ。やってやる。
見てなさい、この私が『DXの女神』として、経済誌の表紙を飾ってやるから!」
役者は揃った。武器(アプリ)も回った。
あとは、この巨大な波に乗って、上場の鐘を鳴らすだけだ。
(続く)
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