アプリ『勇-Share』の爆発的ヒットにより、魔王軍の評価は一時的に回復した。
だが、上場への道はまだ険しい。
魔王城、応接室。そこには、再びあの「法の番人」が鎮座していた。
王国財務省・特別顧問、ヴァイパー。
そしてその隣には、もう一人。喪服のような黒いドレスに身を包み、片眼鏡(モノクル)を光らせた初老の女性――王立国税局(マルサ)統括官、ヒルダも同席していた。
「……やれやれ。まさか財務省と国税局のツートップにお越しいただけるとは」
私はコーヒーを出しながら苦笑した。
「当然です。貴社のような『反社会的勢力』が上場するのです。法務と税務、両面からの徹底的な監視が必要ですからね」
ヒルダが不機嫌そうに鼻を鳴らす。彼女は以前、勇者アルヴィンを脱税で逮捕した「マルサの魔女」だ。今日は上場審査の「外部監査役」として送り込まれてきたらしい。
ヴァイパーは私の作成した『目論見書(もくろみしょ)』――投資家への説明資料を、まるで汚物でも見るような目で検分し、バンと机を叩いた。
「……お粗末ですね、クリフさん。これでは話になりません」
「どこか不備でも?」
「『事業等のリスク』です。貴社は自分たちにとって都合の悪い真実を隠蔽している」
ヴァイパーが指差したのは、第4項【競合および外的要因について】の欄だ。
「貴方はここに『既存の勇者(アルヴィン等)は無力化済みであり、リスクは限定的である』と書いています。
……ですが、投資家保護の観点から、もっと重大なリスクを記載すべきでしょう?」
ヴァイパーは氷のような声で告げた。
「『異世界召喚勇者(イセカイ・ストレンジャー)』……。彼らの出現リスクです」
私は眉をひそめた。
「……召喚勇者ですか。発生確率は極めて稀ですが」
「ですが、一度現れれば『生きた災害』だ!」
ヴァイパーが声を荒らげる。
「彼らはある日突然、異世界から『チートスキル』を持って現れ、論理も経済も無視して魔王を討ち取る。
もし上場直後にそんな怪物が現れたら、株価はゼロ。投資家は破産です。
この『予測不能な最大リスク(ブラックスワン)』への対策が記載されていない以上、この目論見書は『虚偽記載』にあたります」
隣でヒルダも冷ややかに追撃する。
「そうね。もし対策がないなら、貴社の『企業価値(バリュエーション)』はゼロよ。上場なんて夢のまた夢だわ」
彼らは勝ち誇った顔で宣告した。
「よって、貴社の上場申請は『不承認(リジェクト)』とします。出直してきなさい……もっとも、対策など不可能な自然災害でしょうがね」
痛いところを突かれた。
確かに、異世界転生者はビジネスにおける最大のノイズだ。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
私は静かに眼鏡を直し、冷徹に言い返した。
「……お待ちください。不承認には当たりません。
そのリスクについては、既に『織り込み済み』です」
「何だと?」
私は魔導石版のキーボードを叩き、目論見書の修正案をモニターに表示させた。
【リスク要因への対抗策】
当社は、突発的な『召喚勇者』の出現に対し、「捕獲・管理(M&A)」および「エネルギーリサイクル(再資源化)」による有効なカウンターメジャー(対抗策)を確立しております。
「は……?」
ヴァイパーが目を丸くし、次いで鼻で笑った。
「バカな。苦し紛れもいい加減にしなさい。
『勇者を捕獲してエネルギーにする』?
そんな荒唐無稽な話、誰が信じるのです? 実体のない技術を騙るなら、それこそ詐欺罪ですよ」
「詐欺ではありません。実在する『技術』です」
私は席を立ち、二人の監査官を見下ろした。
「疑うなら、ご自身の目で確かめますか?
当社の地下プラントへご案内しましょう。
そこで、『管理された勇者』の実物をお見せします」
「……ほう」
ヴァイパーの目が怪しく光った。
「いいでしょう。その『嘘』、暴いて差し上げます。
もし現場に実体がなければ、その場で『上場審査打ち切り』とさせていただきますよ」
ヒルダも立ち上がり、真紅のコートを翻した。
「私も行くわ。その『勇者』とやらが本当に資産価値のあるものなのか、私の『脱税視(タックス・アイ)』で厳しく査定してあげる」
「構いません。ただし、見た後で腰を抜かさないでくださいね」
私はアリスに目配せをした。
「アリス、地下の『彼』の準備は?」
「うん、バッチリ! さっき新品のポテチと、最新のアニメ(録画)を差し入れしといたから、機嫌は最高だよ!」
「よし。……では、参りましょうか、監査官殿」
私たちはCFO室を出て、魔王城の最深部――一般社員すら立ち入り禁止の「第6管理区域」へと向かうエレベーターに乗り込んだ。
法務の悪魔(ヴァイパー)と、税務の魔女(ヒルダ)。
最強にして最悪の監査チームを引き連れ、私は地下へと潜った。
(続く)
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