魔王城、地下100階。
「第6管理区域」と呼ばれるそのフロアは、地脈から吹き上がる熱気と、冷ややかな魔力冷却液の霧が混ざり合い、異様な雰囲気を醸し出していた。
私、ヴァイパー、ヒルダ、そしてアリスの四人は、厳重なセキュリティゲートの前に立っていた。
「……随分と仰々しいですね」
ヴァイパーが周囲を見回す。
壁には分厚いミスリル合金が使用され、至る所に「警告:高濃度魔力反応あり」のプレートが貼られている。
「当然です。ここにあるのは、我が社のエネルギー戦略の根幹(コア)ですから」
私はセキュリティカードをかざし、虹彩認証を行う。
重厚な金属音が響き、プシューッと蒸気を吐き出してゲートが開いた。
「さあ、ご覧ください。
これが、我々が確立した最強の対勇者ソリューション──『地脈汚染浄化プラント(ヒーロー・フィルターシステム)』です」
中に入ったヴァイパーとヒルダは、身構えた。
彼らは想像していたのだろう。
鎖に繋がれ、魔力を無理やり搾り取られる悲劇の英雄の姿を。あるいは、実験槽に浮かぶ哀れな生体部品を。
だが。
彼らの目に飛び込んできたのは、予想の斜め上を行く光景だった。
「……は?」
そこは、六畳一間の「子供部屋」のような空間だった。
床には漫画雑誌が散乱し、壁には美少女フィギュアが並んでいる。
そして部屋の中央、最高級のゲーミングチェアにふんぞり返っている二人の男。
一人は、かつて聖教国を裏で操っていた転生者キョウヤ。
もう一人は、その監視役(技術顧問)として派遣されている元勇者アルヴィンだ。
彼らは今、右手にポテチ、左手に魔導コントローラーを持ち、巨大モニターに向かって叫んでいた。
「オラァッ! そこだアルヴィン! 回復魔法遅ぇよ!」
「うるせぇ! 今クールタイム中なんだよ! お前こそ突っ込みすぎだバカ!」
二人は協力プレイのゲームに熱中し、ギャーギャーと騒いでいる。
まるで修学旅行の夜のような光景だ。
ただ一つ違うのは、部屋の床から伸びた太いパイプが、キョウヤの被っている「ヘルメットのような装置」へと接続され、そこから清浄な光がプラント全体へ送られていることだ。
「な、何ですかこれは……?」
「監視役(アルヴィン)まで一緒になって遊んでるじゃない」
ヴァイパーとヒルダが呆然と呟く。
「見ての通りです。彼らは今、浄化業務(シゴト)中です」
アリスが得意げにモニターの計器を指差した。
【地脈瘴気濃度:危険(Danger)】→【浄化後:清浄(Clean)】
【現在の浄化出力:安定(High Quality)】
「この魔王城の地下には、膨大な『地脈エネルギー』が流れています。でも、それには有害な『瘴気』が含まれていて、そのままじゃ発電に使えません」
アリスが解説する。
「そこで、転生者(キョウヤ)の持つ規格外の『聖なるオーラ』です!
彼を『生体フィルター』として間に挟むことで、瘴気をろ過し、クリーンなエネルギーに変換しているんです!」
「……理屈は分かりますが」
ヒルダが冷ややかな視線を送る。
彼女は部屋の隅に山積みになった「ポテチ」や「ゲームソフト」の空箱、そして最新の「魔導映像ボックス(全話収録版)」を拾い上げた。
「クリフ。この大量のポテチ、コーラ、そして高額な映像ソフト……。
まさか、これら全てを『経費』として計上しているわけじゃないでしょうね?」
鋭い指摘だ。
普通の会社なら「私的流用」で即アウトだろう。
だが、私は眼鏡を直し、堂々と答えた。
「当然、全額経費です」
「はぁ? ふざけないで。これのどこが業務に必要なの?」
「必要です。これらは高性能なフィルター機能を維持するための『メンテナンス剤』であり、『触媒(カタリスト)』ですから」
私はホワイトボードを引っ張り出し、即席の講義を始めた。
「いいですか、ヒルダさん。
勇者の『聖なる力』は、彼らの精神状態に深くリンクしています。
ストレスを感じたり、悲壮感に暮れていては、オーラが濁って浄化効率が落ちてしまう。
では、最も効率よく瘴気を浄化できる精神状態とは?」
私はキョウヤとアルヴィンを指差した。
彼らは今、ゲームに勝利し「よっしゃあああ!」とハイタッチしている。
「──そう、『ノーストレスで快楽に浸っている状態』です。
彼らがポテチを食い、アニメを見て笑い、ゲームで勝った瞬間のドーパミン……これこそが、聖なる力を活性化させる最強の燃料なのです!
つまり、このポテチ代は『会議費』でも『交際費』でもない。
会計上、正当な『燃料調整費』なのです!」
「……っ!」
ヒルダが言葉に詰まる。
論理が破綻していないからだ。
「さらに言えば、彼らが見ている新作アニメの限定版ボックス。
これは浄化効率をブーストさせるための『設備投資(Capex)』にあたります。
アルヴィンさんが同席しているのも、キョウヤ一人では『孤独感』で出力が下がるため、『対話型インターフェース(遊び相手)』として機能させているのです」
「さらに、元勇者であるアルヴィンも同じく『聖なるオーラ』の加護を持っているので、万が一の際には、予備のフィルターとして機能してくれます。」
「ぐぬぬ……!」
ヒルダは悔しそうに唸り、手元の魔導計算機を叩いた。
|ポテチ代(コスト)と、それによって得られるクリーンエネルギーの売却益(リターン)。
……どう計算しても、圧倒的な黒字だ。浄化装置を機械で作るより遥かにコスパが良い。
「……認めるわ。
悔しいけど、会計上のロジックは完璧に通ってる。
これは『遊興費』じゃない……極めて合理的な『必要経費』ね」
ヒルダが敗北を認めた。
次はヴァイパーだ。彼は法律家として、別の角度から攻めてきた。
「会計は良くても、法律はどうですか?
これは人権侵害……『不当拘束』および『強制労働』に当たるのでは?」
ヴァイパーが防音ガラス越しに、マイクで室内に声をかけた。
「おい、君たち。こんな地下に閉じ込められて辛くないか?
私が訴えてやれば、すぐにここから出られるぞ」
キョウヤはポテチをくわえたまま、面倒くさそうに振り返った。
アルヴィンもコントローラーを置かずに答える。
「あ? 出る? 嫌だよ」
「そうそう。外に出たら働かなきゃいけないだろ? ここは天国だぞ」
「……はい?」
「家賃タダ、電気代タダ、飯はうまいし、魔導回線は爆速。
しかも、ゲームしてるだけで『世界を浄化してくれてありがとう』って感謝されるんだぜ?
外の世界なんてクソくらえだ。俺たちは一生ここで暮らすんだ」
二人は顔を見合わせ、ニシシと笑うと、再びゲーム画面に向き直った。
完全なる「同意」。いや、むしろ積極的に依存している。
現代知識を持つ転生者キョウヤにとって、この環境は「究極のニート生活」であり、アルヴィンにとっても「責任のない英雄活動」なのだ。
「……だ、そうです」
私は肩をすくめた。
ヴァイパーは口をパクパクさせ、やがて深いため息をついた。
「……被害者(?)の同意がある以上、強制労働には当たりませんね。
それに、外に放てば『災害』になる連中を、こうして無害化(ニート化)して管理しているなら……治安維持の観点からも、むしろ推奨されるべき……か」
ヴァイパーも、その法的妥当性を認めざるを得なかった。
「お分かりいただけましたか?
これが、当社が誇る『召喚勇者リスク』への回答です。
彼らは敵ではありません。『高効率な環境保全フィルター』です」
私は二人の監査官に向かって、ニッコリと微笑んだ。
「──監査結果は、いかがで?」
ヒルダとヴァイパーは顔を見合わせ、苦虫を噛み潰したような顔で、それぞれの監査書類に判を押した。
『財務監査:承認(Approved)』
『法務監査:承認(Approved)』
「……合格よ。文句のつけようがないわ」
「ええ。まさか『ニート生活』をビジネスモデルに昇華させるとは……恐れ入りました」
こうして、最大の懸念事項だった「勇者リスク」はクリアされた。
地下に響くキョウヤとアルヴィンの馬鹿笑いが、魔王城のエネルギー供給を、そして我々の上場への道を、クリーンに支えていた。
(続く)
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