第54話:隠し扉『Admin』

 数千年分の極厚の汚れ(偽装テクスチャ)をスクレーパーで削り落としたソウジの前に、ついにその姿を現した超重厚な金属扉。

 赤く発光する電子ロックのパネルと、【Admin(管理者権限用メンテナンスハッチ)】という無機質な文字列が、ここが世界の「外側」であることを明確に示していた。

「さあ、大家の部屋に着いたぞ。さっそくインターホンを鳴らして、床抜けと壁紙剥がれのクレームを入れてやる」

 ソウジがトングを鳴らしながら歩み寄ろうとした、その時。

「お待ちください、ソウジ様。ここは天界の長たる私にお任せを」

 天使ミカエルが、バサァッ! と美しい翼を広げて前に出た。

「ここが創造主たる神の部屋へ続く扉であるならば、神の右腕であるこの私の魔力で開くはず。……大天使の権限において命ずる、開け!」

 ミカエルが輝く右手を電子ロックのパネルにかざす。
 神聖な光が扉を包み込み、神話級のロック解除魔法が発動した。これならば、どんな絶対防壁であろうと無条件で開閉できるはずだった。

 ──ピピッ。

『Error:アクセス権限がありません。部外者の立ち入りは固く禁じられています』

 無機質なシステム音声が鳴り響き、電子パネルに冷酷な赤い文字が表示された。
 ミカエルの神聖魔法は、文字通り「完全に弾き返された」のだ。

「なっ……!? ば、馬鹿な! 私が部外者!? 天界のトップであるこの私のアクセス権限が承認されないだと!?」

 ミカエルが愕然として扉にすがりつく。

「社長! ミカエルさんの神聖魔法が効きません! 完全にロックされてます!」

「大家さん、ずーっと引きこもってるから、居留守使ってるんですよー」

 剣崎が慌てふためき、コアちゃんが呑気に笑う。
 創造主は「誰の干渉も受け付けない」という強固な意志で、外側からのアクセスを完全にシャットアウトしていたのだ。

 だが、その光景を見ていた灰坂ソウジの額に、ピキピキと青筋が浮かび上がった。

「……ふざけんな」

「えっ?」

「世界中がボロボロになってる大クレームの最中だってのに……大家が『居留守』だと? どんだけブラックなオーナーなんだよ!!」

 ソウジの激怒が、新宿の地下2000メートルを震わせる。

「インターホンが鳴らねぇなら、ドアごと外す。それが清掃業者の力仕事だ!」

 ソウジはバンの荷台へと戻ると、「ズズンッ!」と地響きを立てながら、とんでもない質量の機械を引きずり出してきた。
 金属製の重厚なボディ、円盤状の巨大な底面、そして太い電源ケーブル。

「で、出たぁぁっ! 社長の最終兵器!」

「主の御名において、すべてを平らに磨き上げる神器ですわね!」

 剣崎が息を呑み、セシリアが祈りを捧げる。
 それは、大理石やコンクリートの床の頑固な汚れを、超高速回転するパッドで物理的に削り落とす自社製魔改造ツール。

「重さ100キロ超の【超大型・業務用ポリッシャー(オリハルコン・パッド仕様)】だ。神の扉だろうがなんだろうが、表面のガンコな汚れごと、ツルッツルに削り飛ばしてやる!!」

 ソウジはポリッシャーの電源ケーブルをコンプレッサーに繋ぎ、両手でしっかりとハンドルを握りしめた。

「オラァァァッ! スイッチ・オン!!」

 ギュィィィィィィィィンッ!!!

 凄まじいモーター音と共に、ポリッシャーの底面に取り付けられたオリハルコン製の超硬質パッドが、目にも止まらぬ速度で回転を始める。
 ソウジは100キロ超の暴れる機体を腕力だけで押さえ込み、そのまま金属扉の「電子ロック部分」へと強引に押し当てた。

 ギャリギャリギャリギャリギャリッ!!!
 バチバチバチッ!!

 激しい火花が散り、創造主の絶対金属でできた扉の表面が、悲鳴を上げて削り取られていく。

『Error! Error! 不正な物理的干渉を検知! 直チニヤメ──ガガガッ!』

「うるせぇ! さっさと開けやがれ悪徳大家ァァァッ!!」

『電子ロックをポリッシャーで削り飛ばしてるwww』
『物理ハッキング(暴力)』
『神の扉がゴリゴリ削られていく……』
『クレーム対応の流儀がヤクザのそれ』
『神の右腕より清掃業者の方が強い世界』

 バキィィィィンッ!!!

 数十秒の激しい研磨の末、ついに電子ロックのパネルそのものが基盤ごと粉砕され、火花を吹いて沈黙した。
 「プシューッ……」と空気の抜けるような音と共に、絶対開かずの扉(Admin)のロックが解除され、重々しく奥へと開いていく。

「よし、汚れは落ちたな」

 ソウジは煙を上げるポリッシャーの電源を切り、ふう、と息を吐いた。
 開け放たれた扉の向こう側。そこには、新宿の地下空間とは全く異なる、銀河が渦巻く果てしない宇宙空間のような景色が広がっていた。

「さあ、乗り込むぞ。大家と見積もり交渉だ」

 ソウジはデッキブラシを肩に担ぎ直し、忌々しき創造主の部屋へと、堂々と足を踏み入れた。

(続く)

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