第56話 アルヴィンのCM出演 ~「ご利用は計画的に」。元勇者が語る、転落人生の重み~

 上場審査の「予備承認」を勝ち取った翌日。
 魔王城にある魔導スタジオでは、異様な撮影が行われていた。

「はい、照明オッケー! BGM、もっと悲壮感のあるやつで!」

 ディレクター席でメガホンを叩いているのは、広報部専属タレントのミナだ。
 サングラスを頭に乗せた彼女は、セットの中央に座らされている「主演男優」にダメ出しを飛ばした。

「ちょっとアルヴィン様! 表情がまだ甘い!
 もっとこう、人生の全てに絶望して、明日のパンも買えないような『負け犬の顔』をしてくれないと!」

「……ミナ、これ本当にやらなきゃダメなのか?」

 粗末なパイプ椅子に座った元勇者アルヴィンが、引きつった顔で尋ねる。
 彼は今、ボロボロの冒険者服(私服)を着せられ、薄暗いスポットライトを浴びていた。
 かつての黄金の鎧はどこにもない。

「当然です。これは業務命令ですよ、技術顧問」

 スタジオの隅で腕を組んで見ていた私が、冷徹に告げた。

「アプリ『勇-Share』のシェアを拡大するには、既存の『冒険者ギルド』からユーザーを奪い取る必要があります。
 そのためには、インパクトのある広告塔が必要不可欠なのです」

「それが……僕の『破産体験』なの?」

「ええ。貴方は『Sランク勇者』という栄光と、『借金まみれの転落』という地獄の両方を知る男。
 ……貴方の言葉には、誰よりも重い『説得力(リアル)』がある」

 私はニヤリと笑った。

「さあ、演じてください。
 貴方のその悲惨な姿こそが、ギルドの中抜き構造を告発する最強の武器になるのです」

「うぅ……早く地下に戻りたい……」

 アルヴィンがガックリと項垂れる。
 その哀愁漂う姿を見て、ミナが指を鳴らした。

「それ! 今の『死んだ魚のような目』いただき! カメラ回して!」

 ──カチン!

 撮影が始まった。
 カメラの赤いランプが点灯する。

 アルヴィンは観念したように、カメラに向かって語り始めた。

「……僕は、Sランク勇者でした」

 BGMとして、悲しげなピアノの旋律が流れる。
 画面には、かつての輝かしい勇者時代の映像(資料映像)がワイプで映し出され、現在の薄汚れた姿との対比が強調される。

「地位も、名誉も、金もありました。
 ギルドからは『君は特別だ』とおだてられ、80%もの手数料を取られても気にしませんでした。
 ……でも、気づいた時には手遅れだったんです」

 アルヴィンの脳裏に、鉄屑になった聖剣、差し押さえられた豪邸、そして地下プラントでペダルを漕ぎ続けた日々がよぎる。
 演技ではない。本物の涙が、彼の頬を伝った。

「中抜きされた金は戻ってこない。
 怪我をしても、スキャンダルを起こしても、ギルドは助けてくれない。
 トカゲの尻尾みたいに切り捨てられて……残ったのは、借金と後悔だけでした」

 彼はゆっくりと顔を上げ、視聴者に訴えかけるように言った。
 その目は、搾取される全ての冒険者への警告に満ちていた。

「みんなには、僕みたいになってほしくない。
 自分の価値(スキル)は、自分で管理してほしいんだ」

 ここで画面が明るくなり、洗練されたアプリのロゴが表示される。

【冒険者直結型依頼アプリ『勇-Share (ユーシェア)』】
【手数料たったの5%! 即日入金!】

「賢い冒険者は、もう始めてる。
 中抜きなしの『勇-Share』。
 ……ご利用は計画的に」

 ──カット!

「最高よアルヴィン様! その『全てを失った男の哀愁』、王立芸術賞モノだわ!」

 ミナが大絶賛する中、アルヴィンは「……キョウヤとゲームしたい……」と呟きながら、魂が抜けたように座り込んでいた。

 ◇

 翌日。
 このCMが、魔導ネットワークや街頭ビジョンを通じて世界中に配信された。

 反響は凄まじかった。

『うわ、あの勇者アルヴィンがここまで落ちぶれるなんて……』
『ギルドの手数料って、やっぱボッタクリだったんだな』
『俺もギルド辞めてアプリに登録しよ。手数料75%の差はデカすぎる』

 かつての英雄が、涙ながらに語る「搾取の恐怖」。
 そのリアリティは、特に生活の苦しい若手冒険者たちの心を強く揺さぶった。

 魔王城CFO最高財務責任者室。
 モニターには、急上昇するダウンロード数のグラフが映し出されている。

「すごい勢いだね。サーバー増強が追いつかないよ」

 アリスがポテチをつまみながら嬉しい悲鳴を上げる。
 登録ユーザー数は一夜にして倍増。流通総額(GMV)も過去最高を更新し続けている。

「ええ。人は『成功者の自慢話』よりも『敗北者の失敗談』に共感するものです。
 これで、ギルドの独占市場に風穴が開きました」

 私はコーヒーを啜り、満足げに頷いた。
 だが、この成功を面白く思わない者たちがいる。

 ◇

 王都、冒険者ギルド本部。
 ギルドマスター室。

 バリーン!!

 高価な壺が床に叩きつけられ、粉々に砕け散った。

「ふざけるな! ふざけるなァァッ!」

 総ギルドマスター・ボルジアが、青筋を立てて怒鳴り散らしていた。
 彼はギルド至上主義の守銭奴であり、ギルドの利益を第一に考える冷酷な男だ。

「昨日の依頼受注件数はどうなっている!」

「は、はい……! CMの影響で、若手を中心に登録解除が相次ぎ……前日比40%減です!」

「40%だと!? たった一日でか!?」

 ボルジアは机を叩いた。
 ギルドの収益モデルは、冒険者からの高額な手数料(ピンハネ)で成り立っている。
 冒険者がいなくなれば、巨大な組織を維持する金が回らなくなる。

「おのれ魔王軍……! 私のシマ(市場)を荒らしおって!
 それにあの裏切り者のアルヴィンめ! よくも恩を仇で返しおったな!」

 ボルジアの目が、憎悪で赤く染まる。
 だが、彼は単なる暴力には訴えなかった。相手はあの「クリフ・オーデル」だ。中途半端な手出しをすれば、法と計算で倍返しにされることを理解している。

「……こうなれば、国に泣きつくしかない。
 『民間企業(魔王軍)』が市場を独占するのは危険だとな」

 ボルジアは受話器を取り、王国の「あの男」へホットラインを繋いだ。

「──はい、こちらボルジア。
 ……ええ、そうです。ヴァイパー特別顧問をお願いします。
 緊急の『陳情』がありましてね……」

 追いつめられた既得権益層は、なりふり構わず権力と結託する。
 次なる戦場は、自由市場ではなく──「官製市場(出来レース)」へと移ろうとしていた。

(続く)

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