第57話 国営・勇者公社設立 ~「入場料無料」のダンジョン? それ、税金で補填してますよね?~

 CMの効果は絶大だったが、王国の反応もまた迅速だった。
 アルヴィンの悲痛な叫びが放送された翌週。
 王国政府は、全魔導放送をジャックして緊急記者会見を行った。

 演壇に立ったのは、あの紫色のスーツの男──特別顧問ヴァイパーだ。
 彼は聖法全書ホーリー・コードを片手に、厳粛な面持ちでマイクを握った。

『国民の皆様。
 最近、魔王軍が運営する「勇-Share」なるアプリが出回っておりますが……政府としては、これに強い懸念を抱いております』

 ヴァイパーの声は、憂いに満ちていた。

『彼らは「手数料が安い」と謳っていますが、その実態は「自己責任」の無法地帯です。
 怪我をしても補償なし。偽の依頼主によるトラブルも多発している(※嘘です)。
 ……国民の安全を守るため、政府は断固たる措置を講じます』

 彼は背後のスクリーンに、巨大な組織図を投影した。
 そこには、王国の紋章と共に、新たな組織名が刻まれていた。

【国営・勇者公社(Kingdom Hero Corporation)】

『本日、政府は冒険者ギルドを再編し、国家直轄の公的機関を設立しました。
 今後は、国が認定した「公務員勇者」が皆様を安全に引率いたします』

 ヴァイパーは不敵に微笑み、爆弾発言を投下した。

『そして、国営化に伴い……公社が管理する全ダンジョンの「入場料」および「仲介手数料」を、本日より【完全無料】といたします』

 ◇

 その発表は、冒険者業界を揺るがす激震となった。

「おい聞いたか!? 国営ダンジョン、タダだってよ!」
「マジか! 今まで入場料だけで金貨一枚取られてたのに!」
「しかも公務員勇者が護衛につくらしいぞ! これなら死ぬ心配もねぇ!」

 王都の広場では、冒険者たちが狂喜乱舞していた。
 手数料5%の『勇-Share』など比較にならない。
 「0%(タダ)」という圧倒的な価格破壊。

 彼らは我先にとスマホを取り出し、『勇-Share』をアンインストールして、国営公社の窓口へと殺到し始めた。

 ◇

 魔王城、CFO室。
 アリスが悲鳴を上げながら、モニターを指差した。

「クリフ! 大変! DAU(デイリー・アクティブ・ユーザー)が激減してる!
 みんな国営の方に行っちゃったよ!」

 画面上のグラフは、昨日までの右肩上がりが嘘のように、崖から落ちるような急降下を描いていた。
 ガントが腕組みをして唸る。

「そりゃそうだ。向こうはタダなんだからな。
 いくらウチが便利でも、無料には勝てねぇよ」

「……ええ。消費者心理としては当然の反応です」

私はコーヒーを静かに啜り、冷静に分析した。

「これは『不当廉売(ダンピング)』です。  採算を度外視した価格でサービスを提供し、競合他社(我々)を市場から排除する。  
民間企業なら独占禁止法で即アウトですが……『国』がやるなら話は別です」

 私は眼鏡の奥の瞳を細めた。

「さすがはヴァイパー、上手く法の抜け穴で攻めてきますね……」

 民間企業同士の戦いならルール違反だが、国が行う公共事業であれば「福祉」という名目で正当化される。
 彼は政治的なゴリ押しではなく、あくまで「法的にセーフな領域」を使って、経済的に我々を殺しにきたのだ。

「国ってズルいねー。
 でもさ、タダでダンジョン運営なんてできるの?
 警備員の給料とか、魔物の再配置コストとか、めちゃくちゃ金かかるじゃん」

 アリスの疑問はもっともだ。
 ダンジョン運営は巨大なコストの塊だ。入場料を取らなければ、数日で破綻する。

「当然、赤字ですよ。
 ですが、彼らには『魔法の財布』がありますから」

 私は窓の外、遠く霞む王都の方角を見据えた。

「──『税金(Tax)』です。
 彼らは運営コストの全てを、国民から徴収した税金で穴埋め(補填)しているのです」

 本来、インフラ整備や福祉に使われるべき血税が、民間企業潰しのために浪費されている。
 ヴァイパーは、魔王軍を潰すためなら国の財政を燃やすことも厭わない構えだ。

「じゃあ、どうすんの大将?
 ウチも無料にするか?」

「いいえ、絶対にやりません」

 私は即答した。

「消耗戦に付き合えば、体力のない民間企業が先に死にます。
 それに……『無料』というサービスは、必ずどこかに歪みを生みます」

 私は手元の石版で、国営公社の求人情報を表示させた。

【急募:公務員勇者】
【業務内容:ダンジョン引率・安全管理】
【給与:安定の固定給(※ただし残業代は予算の都合上カット)】

「見てください。
 『無料』を維持するために、彼らは現場のコストを極限まで削ろうとしています。
 ……安かろう悪かろう(Cheap and Nasty)。
 その歪みは、すぐに現場から噴き出してくるでしょう」

 私は眼鏡を光らせ、アリスに指示を出した。

「アリス、静観です。
 ユーザーが減るのは痛いですが、今は耐え忍ぶ時。
 その代わり……国営公社の『内部事情』を徹底的にモニタリングしてください」

「内部事情?」

「ええ。特に『下請け構造』と『現場の報酬』について。
 ……ヴァイパーさんは、役所仕事(おやくしょしごと)の非効率さを甘く見ていますよ」

 無料という甘い蜜。
 だが、その裏には腐敗と搾取の毒がたっぷりと仕込まれているはずだ。

 私は手元の帳簿を閉じた。
 経済戦争、第二ラウンド。
 相手は無限の資金(税金)を持つ国家。
 だが、そのアキレス腱は──「予算」という名の有限のリソースだ。

(続く)

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