第58話 多重下請け(中抜き)の闇 ~「無料」のツケは、現場のランチ代から~

 王国政府が鳴り物入りで設立した「国営・勇者公社」。
 その第一号となる「国営ダンジョン・王都支部」のロビーは、連日大盛況だった。

「すげぇ! 本当に入場料無料だ!」
「公務員勇者様が引率してくれるから、俺たちFランクでも安全に潜れるぞ!」

 冒険者たちは歓喜していた。
 これまでは命がけで、しかも高い入場料を払って潜っていたダンジョンが、国の税金で「安全・無料」のテーマパークになったのだ。

 だが、その熱狂の陰で──奇妙な現象が起きていた。

 ◇

 ダンジョン出口の精算カウンター。
 以前『勇-Share』に感動していたFランク冒険者の少年、カイル(16歳)は、受け取った報酬袋を見て硬直していた。

「……えっ?」

 袋の中には、わずかな銅貨が数枚。
 金額にして、100マナ。

「あ、あの……受付のお姉さん? 計算間違ってませんか?
 僕、今日はゴブリンを5匹も倒したんですよ? 素材の市場価格なら、最低でも1,000マナはあるはずじゃ……」

 カイルが恐る恐る尋ねると、窓口の公務員女性は、面倒くさそうに書類を指差した。

「間違ってないわよ。それが『公定価格』だから」

「公定価格?」

「ええ。国営ダンジョンで得た素材は、すべて国が一括で買い上げる決まりなの。
 そこから『安全管理費』、『公務員勇者派遣費』、『施設維持分担金』、『復興特別税』……もろもろ引いて、あなたの手取りは100マナ。
 文句ある? 嫌なら利用しなきゃいいじゃない(入場料タダなんだから)」

「そ、そんな……」

 カイルは愕然とした。
 確かに「入場料」は無料だ。
 だが、その代わりに「報酬」が極限まで買い叩かれている。
 これでは、一日命がけで働いてもパン一個しか買えない。

「……次の方ー」

 カイルの後ろに並んでいた冒険者たちからも、次々と悲鳴が上がる。

「おい! レア鉱石納品して500マナってどういうことだ!」
「民間の買取屋なら10倍で売れるぞ!」
「規則ですので。素材の持ち出しは禁止です」

 怒号が飛び交うロビー。
 その様子を、柱の陰から冷ややかに見つめる二つの影があった。

 私と、アリスだ。

 ◇

「うわぁ……えげつないね」

 アリスが呆れたように呟く。
 彼女の手元の石版(スレート)には、国営公社の内部サーバーからハッキングした「金の流れ(キャッシュフロー)」が表示されている。

「入場無料のツケを、末端の報酬から回収してるわけ?」

「いいえ、それだけではありません」

 私は眼鏡を光らせ、画面上の複雑な組織図を指差した。

「問題は、この異常なまでの『多重下請け構造』です」

 国営公社の運営には、驚くべきことに数十社もの民間企業が関わっていた。

【発注元:国営・勇者公社】
 ↓(委託費:1億マナ)
【一次請け:ロイヤル・ダンジョン・マネジメント(ポーク侯爵の親族企業)】
 ↓(再委託費:7,000万マナ)※30%中抜き
【二次請け:王都人材派遣サービス(大臣の甥の会社)】
 ↓(再々委託費:5,000万マナ)※20%中抜き
【三次請け:……】
 ↓
【現場の冒険者への報酬原資:500万マナ】

「……なんじゃこりゃ」

 アリスがドン引きしている。

「実際の運営には何の関係もない『ペーパーカンパニー』が何社も挟まって、右から左へ書類を流すだけで手数料を抜いている。
 その結果、現場に落ちる金は……当初の予算のわずか5%です」

「えっと、つまり……」

 アリスがポンと手を打った。

「100マナのハンバーガーを頼んだのに、途中でパンと肉と野菜を全部抜き取られて、『ごま(5マナ)』しか届いてないってこと?」

「……非常に雑な例えですが、正解です」

 私は苦笑した。

「ウチの『勇-Share』は手数料5%を取って、95%を冒険者に還元しています。
 ですが彼らは逆です。95%を既得権益層(貴族たち)が中抜きし、現場には5%しか残らない」

 これが「官製市場」の闇だ。
 「国営」という看板の下で、税金や冒険者の稼ぎが、貴族たちの懐へと還流(マネーロンダリング)されている。
 
 入場料無料という甘い餌で冒険者を集め、実際には彼らを「安価な労働力」として搾取するシステム。

 ヴァイパーは法律のプロだが、実務(現場管理)については官僚任せにしすぎたようだ。

「……でもさ、冒険者たちは気づいてないの?
 『無料だからお得』って思ってるみたいだけど」

「今はまだ、ね。
 ですが、冒険者は馬鹿ではありません。命を懸けてコスト計算(収支管理)をしている個人事業主です」

 私は騒然とするカウンターを見つめた。
 先ほどの少年、カイルが、公務員に食って掛かっている。

「ふざけんな! こんなはした金じゃ生活できないよ!
 『勇-Share』なら、同じ仕事で2,000マナ貰えたんだぞ!」

「はぁ? あんな魔王軍の怪しいアプリと一緒にするな!
 ここは国の仕事だぞ! 名誉があるだろう!」

「名誉で腹が膨れるかよ! もういい、二度と来るか!」

 カイルは報酬袋を床に叩きつけ、ギルド証を破り捨てて走り去った。
 それを見た他の冒険者たちも、次々と声を上げ始める。

「俺も辞める!」
「タダより高いもんはねぇってことかよ!」
「帰ってアプリで依頼探そうぜ!」

 雪崩現象。
 一度「損だ」と気づけば、潮が引くのは一瞬だ。

 ◇

 その日の夕方。
 魔導ネットワーク上のレビューサイトには、国営公社への低評価の嵐が吹き荒れていた。

【国営・勇者公社 王都支部】
評価:★1.2

『最悪。報酬がゴミすぎる。タダ働きさせられた』
『公務員勇者の態度がデカい。安全管理とか言って何もさせてくれない』
『中抜きヒドすぎ。やっぱり魔王軍のアプリの方がマシ』
『税金使ってこれ? ふざけんな』

 一方で、『勇-Share』の評価は再び上昇を始めていた。

【アプリ『勇-Share』】
評価:★4.8

『戻ってきました。やっぱ現金(即金)が一番』
『手数料5%の神対応に気づいた。魔王軍ありがとう』

「ふふっ。勝負ありですね」

 CFO室で、私は満足げにモニターを閉じた。

「『無料』という魔法は解けました。
 残ったのは、膨れ上がった運営コストと、誰も来なくなったダンジョン……そして、中抜き業者(寄生虫)たちだけです」

 アリスがニヤリと笑う。

「ねえクリフ。このままだと国営公社、大赤字だよね?
 誰がその穴埋めをするの?」

「決まっています」

 私は王都の方角──何も知らない国民たちが暮らす街並みを指差した。

「彼ら(納税者)ですよ。
 ……さあ、次のフェーズです。
 この『巨大な赤字』の請求書を、国民の皆さんに突きつけてあげましょう」

(続く)

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