第6話 その接待交際費、誰と飲みに行きましたか? ~ギルド支部長、貴方の「会議」はキャバクラで開催されるのですか?~

 魔王城の一角にある、真新しいオフィス。

 ドアには『魔王軍・特別監査室(クリフ事務所)』のプレートが輝いている。

 その室内で、私の直属の上司――技術開発局長のアリス(猫耳パーカー姿)は、スプーンをくわえて至福の表情を浮かべていた。

「んん~っ! この『魔界プリン・プレミアム』、濃厚すぎて脳みそ溶ける~!」

「お気に召したようで何よりです。福利厚生費(おやつ代)で落とした甲斐がありましたね」

 私はデスクで書類をめくりながら、苦笑した。

 この部屋は、私の要望で魔王軍内に新設された独立部署だ。

 空調は常に最適な24度に保たれ、高級茶葉と魔界スイーツは食べ飲み放題。定時は17時で残業ゼロ。まさに理想の職場である。

「で、クリフ。その書類は何? 美味しいプリンの代償としては、ちょっと顔が怖いけど」

 アリスがソファから身を乗り出す。

 私は手元の資料――先日届いた「内部告発メール」に添付されていた帳簿のコピーを指で弾いた。

「冒険者ギルド・王都支部の決算書です。……見てください、この異常な数字を」

[聖暦1024年度] 王都支部・決算分析ログFINANCIAL_ANALYSIS
―――――――――――――――――――
対象:冒険者ギルド・王都支部
判定:【不正経理の疑い(High Risk)】

▼ 1. 冒険者への報酬総額
[Last Year] ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓
(50,000,000 Mana)
 ↓
[This Year] ▓▓▓▓▓
(25,000,000 Mana / -50% CUT)

▼ 2. 会議費・交際費
[Last Year] ▓
(5,000,000 Mana)
 ↓
[This Year] ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓
【80,000,000 Mana / +1600% UP】
―――――――――――――――――――

「は? 会議費でハッセンマン?」

 アリスが目を丸くする。

「つまりこれ、冒険者の報酬を減らして、自分たちの飲み代にしてるってこと?」

「その通り。実にわかりやすい翻訳です、アリス」

 私は眼鏡の位置を直し、冷ややかな光を宿した。

「ギルド支部長のガストン。彼がこの『会議費』の名目で、私腹を肥やしているのは明白です。……行きましょうか。休日出勤の始まりです」

 ◇

 王都、冒険者ギルド支部。
 その最上階にある支部長室。

 部屋に入った瞬間、むせ返るような香水の匂いと、脂っこい空気が鼻をついた。

「し、失礼な! 何の用だね君たちは!」

 突然の訪問に、太った男――ガストン支部長が脂汗を流して立ち上がった。

 その部屋は、革張りのソファや悪趣味な金の装飾品で埋め尽くされ、成金趣味全開の内装だった。

 私は警備部長のガントを背後に控えさせ、名刺を差し出した。

「初めまして。外部監査役のクリフです。本日は、貴支部の『経理処理』について、いくつか確認させていただきたく参りました」

「か、監査だと? 聞いていないぞ!」

抜き打ちサプライズですから」

 私はニッコリと笑い、石板スレートを机に置いた。

 画面には、例の異常な経費グラフが表示されている。

「単刀直入に伺います。昨年度の『会議費』8,000万マナ。これはいったい、どのような会議に使われたのですか?」

「そ、それは……重要な経営会議だ! 今後のギルド運営について、有識者と議論を……」

「ほう。では、この領収書をご覧ください」

 私は一枚の伝票データを空中に投影した。

[Evidence #01] 領収書監査ログRECEIPT_CHECK
―――――――――――――――――――
日付: 聖暦1024/09/15 23:00
支払先: 高級クラブ『ハニー・トラップ』
金額: 500,000 マナ
但し書き: 会議費として

▼ 監査判定
場所: キャバクラ(風俗店)
時間: 深夜(営業時間外)
判定: 【経費否認(Private Use)】
―――――――――――――――――――

「深夜23時に、キャバクラで経営会議ですか? 随分と熱心なことですね」

「うぐっ……! そ、それは……場所を変えて、腹を割って話すための……いわゆる懇親会で……!」

 ガストン支部長の目が泳ぐ。

 典型的な小悪党だ。これなら、すぐに自白するだろう。

「言い訳は不要です。これは明確な【横領】です。即刻、支部長の座を降りていただき――」

 私が最後通告を突きつけようとした、その時だった。

 コツ、コツ、コツ。

 部屋の奥から、乾いた靴音が響いた。

 同時に、室内の空気が一変する。

 先ほどまでの脂ぎった熱気が消え、代わりに肌を刺すような、冷たく不快な気配が満ちたのだ。

「――おやおや。困りますねぇ、大切なお客様(クライアント)をいじめてもらっては」

 現れたのは、細身のスーツを着た男だった。

 青白い肌に、爬虫類を思わせる細い瞳。

 そしてその手には、分厚い一冊の魔導書――法を司る聖法全書ホーリー・コードが抱えられている。

「……誰ですか、貴方は」

 私が問いかけると、男は口の端を吊り上げ、蛇のように笑った。

「お初にお目にかかります。ギルド本部・顧問弁護士のヴァイパーです」

 男――ヴァイパーは、ガストン支部長の前に立ちふさがり、私の出した領収書データを指先で弾いた。

「クリフさん、でしたね。貴方の指摘はもっともらしく聞こえますが……法的には、何の問題もありませんよ」

「は? キャバクラを経費にするのが適法だと?」

「ええ。ギルド法第28条の解釈によれば、『会議の実態』さえあれば場所は問われません」

 ヴァイパーは、手元の聖法全書ホーリー・コードをパラリとめくり、一枚の羊皮紙を取り出した。

「ここにある通り、当日は店内で『今後の冒険者育成について』という熱い議論が交わされ、議事録アリバイも残っています。……ほら、キャストのミカちゃんも『なるほど~、すごーい』と発言していますし」

「……っ」

 私は絶句した。

 議事録が、完璧に偽造されている。

 後ろでガントが唸った。「おいおい、そんなデタラメが通るのかよ!?」

 ヴァイパーは不敵に笑う。

「通るんですよ。書類さえ完璧なら、それが『真実』になる。……それが、この世界の【ルール】でしょう?」

 その瞬間、私は理解した。
 こいつは、ただの腰巾着ではない。

 私と同じ「法と金」を武器にし、その上で「黒を白に変える」能力を持った、厄介な天敵だと。

(続く)

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