カーテンの安全地帯を確保したミミは、奥の部屋へと進んだ。
そこには、部屋の半分を埋め尽くすほどの巨大なベッドが鎮座していた。
真っ白で、雲のように膨らんだ布団。
あまりにも分厚く、見るからに高級そうだ。
だが、その枕元には無粋な張り紙があった。
『【試作品】
柔らかさを追求しすぎた結果、姿勢制御が困難なため廃棄予定。
※腰痛持ちの方はご遠慮ください』
「廃棄予定……? こんなにフカフカなのに?」
ミミは首を傾げた。
昨日の煎餅布団とは大違いだ。
これがタダで使えるなら、多少の寝心地の悪さなんて気にならないはずだ。
「えいっ!」
ミミは期待に胸を膨らませ、勢いよくベッドの中央へダイブした。
その瞬間。
ズブブブブブッ……!!
「――えっ?」
受け止められるはずの体が、止まらない。
柔らかいのではない。「底がない」のだ。
まるで底なし沼に足を踏み入れたように。
ミミの体は布団の奥深くへと吸い込まれていく。
「ふ、ふごっ!?」
視界が真っ白な羽毛に覆われた。
鼻と口が塞がれ、呼吸ができない。
手足をバタつかせても、掴む場所がなく空回りするだけ。
平衡感覚が狂う。
自分が仰向けなのか、うつ伏せなのかすら分からない浮遊感と圧迫感。
極上の羽毛が、生き物のように絡みつき、ミミを深淵へと引きずり込んでいく。
(た、食べられるぅぅぅ!?)
ミミは本能的な恐怖でパニックに陥った。
必死に尻尾を回転させ、もがきにもがいて、どうにかベッドの縁へと這い上がる。
「はぁッ、はぁッ……! し、死ぬかと思った……」
ミミは床に転がり落ち、荒い息をついた。
全身に脂汗が滲んでいる。
あんなの、ベッドじゃない。
処刑台だ。
涙目になりながら部屋を見渡すと、部屋の隅に。
引越しの荷解きで残されたであろう「段ボール箱」が置かれているのが見えた。
何の変哲もない、茶色くて薄汚れた箱。
ミミはフラフラと近寄り、その中に入ってみた。
――カサッ。
背中に当たる、粗野で硬い紙の感触。
狭くて薄暗い空間。
そして何より。
体重をしっかり支えてくれる「沈まない床」。
「……落ち着くぅ……」
ミミの震えが止まった。
やっぱり、これだ。
この「守られている感じ」こそが、今のミミには必要だったのだ。
彼女は段ボールの中で小さく丸まると。
ようやく安らかな寝息を立て始めた。
────────────────────
【裏トーク:騎士団の秘密チャットログ】
SERVER:至高のミミちゃんを見守る会(Online: 4)
@氷結の獅子
嘘だろ……。
@課金は酸素
おや。
興味深いデータが取れましたね。
@氷結の獅子
俺が! 北の果てまで遠征して!
三日三晩寝ずに追跡して狩った!
伝説の幻獣フェンリルの胸毛(最高級ダウン)だぞ!?
市場価格なら3億Gは下らない、国宝級の逸品だぞ!?
@公式カメラマン
それが「処刑台」扱いされてるな。
もがいてる時の必死な顔、最高だったぞ。
「食べられるぅぅ!」って涙目になる動画、スロー再生で見ると破壊力がすごい。
@新入り聖騎士
あーあ……。
ミミちゃん、完全にトラウマになってるじゃない。
あんたの愛が重すぎて、物理的に沈んでるのよ。
@氷結の獅子
納得いかん……!
なぜだ! なぜ3億Gの羽毛が、ただの古紙(段ボール)に負けるんだ!
あの箱、捨てようと思ってたゴミだぞ!?
@課金は酸素
落ち着きなさい、団長。
これは「猫属性」特有の習性です。
彼らは広大で不安定な空間よりも、狭くて密着感のある空間を「聖域」として認識する傾向があります。
つまり、貴方のベッドは高スペックすぎたのです。
@新入り聖騎士
見てよこれ。
箱の中で丸まって寝てる……。
捨て猫みたいで守ってあげたくなるわ……尊い……。
(写真保存しました)
@公式カメラマン
タイトル『箱入り娘(物理)』。
この箱ごとリボンをかけて持ち帰りたい。
@氷結の獅子
……くっ。
悔しいが、その寝顔を見せられたら何も言えん。
ゼル、次回の開発案件だ。
@課金は酸素
心得ています。
「最高級マホガニー材パルプ使用・魔導強化段ボールハウス」ですね?
至急、製紙工場を一件買収してきます。
[System Alert] —————————–
User: @氷結の獅子 has donated 150,000,000 G.
Comment: “段ボール開発費(全部使え)”
コメント