王都、国会議事堂前広場。
そこは今、建国以来最大規模の熱気に包まれていた。
「増税反対!!」
「公社を解体しろ!!」
「私たちの税金を返せ!!」
プラカードを掲げた数万人の市民が、議事堂を取り囲んでいる。
きっかけは、魔王軍がばら撒いた一枚のチラシだった。
『あなたの世帯の負担額:約12万マナ』。
貴族にとっては、ワイン一本分の端金かもしれない。
だが、月収3万~4万マナで暮らす下町の人々にとって、それは「死刑宣告」に等しい金額だった。
最前列にいた主婦のマリアが、涙ながらに叫ぶ。
「12万マナなんて払ったら、子供たちが飢え死にするのよ! これ以上、私たちから何を奪う気なの!」
「そうだ! 貴族はいいもの食ってるくせに、俺たちから搾り取る気か!」
怒号と共に、腐ったトマトや生卵が議事堂の白亜の壁に投げつけられる。
それはもはやデモではない。生存をかけた暴動だった。
◇
議事堂内部、大会議室。
外の喧騒が地響きのように伝わる中、緊急議会が開かれていた。
演壇に立つヴァイパーの表情は、いつになく険しい。
彼の周りには、青ざめた顔の貴族議員たちが集まっていた。
「ど、どうするんだヴァイパー特別顧問! 民衆が暴徒化しているぞ!」
「これ以上、国営公社の赤字を隠し通すのは不可能だ! 今すぐ無料化を停止しろ!」
口々に叫ぶ議員たちを、ヴァイパーは鋭い眼光で黙らせた。
「静粛に! ……狼狽えるな、無能ども」
彼は聖法全書を演台に叩きつけた。
「デモなど放っておけばいい。重要なのは、国営公社を維持し、魔王軍のアプリを市場から排除することです。
ここで引けば、我が国の経済は魔族に支配されるのですよ?」
「し、しかし……金がない! 20兆マナの国家予算はすでにカツカツだ! 予備費も底をついた!」
「ならば、作るまでです」
ヴァイパーは懐から、一枚の法案を取り出した。
【国家安全保障のための特別税法案】
「魔王軍という『外的脅威』に対抗するため、国民一人当たり一律12万マナを徴収する。
これを『国防税』と名付ければ、反対派も口を閉ざすでしょう」
いわゆる「人頭税」だ。
所得に関係なく、頭数で割って同額を徴収する。
年収1億マナの貴族には痛くも痒くもないが、年収40万マナの貧困層は即死する、最も悪質な税制。
ヴァイパーは冷徹に言い放った。
「さあ、採決を。
反対する者は……国家への反逆とみなしますよ?」
蛇のような視線に射抜かれ、議員たちが震えながら手を挙げようとした──その時だった。
「──お待ちください。その予算案、可決しても『現金化』できませんよ?」
凛とした声が、議場に響き渡った。
全員が振り返る。
重厚な扉が開き、二人の人物が入ってきた。
一人は、私、クリフ・オーデル。
そしてもう一人は──王国の官僚服に身を包み、片眼鏡(モノクル)を光らせた女性。
「ヒ、ヒルダ統括官!?」
ポーク侯爵が素っ頓狂な声を上げる。
そう。王立国税局(マルサ)のトップであり、「税の番人」ヒルダだ。
「な、なぜ魔王軍の幹部と一緒に……!?」
「勘違いしないで。私は『数字の正義』を守りに来ただけよ」
ヒルダはカツカツとヒールを鳴らして歩み寄り、ヴァイパーの目の前に分厚いファイルを叩きつけた。
「ヴァイパー。貴方がやろうとしている一律増税は、物理的に不可能よ」
「……どういう意味です?」
「今の国民に、12万マナなんて払う余力はないわ。
私の局が調査した『国民資産データ』を見なさい。
度重なる物価高と不況で、中間層以下の貯蓄率はほぼゼロ。……そこへ年収の2割を超える増税を課せば、何が起きると思う?」
ヒルダは冷ややかに宣告した。
「──『国家破産(ソブリン・デフォルト)』よ。
税収が増えるどころか、滞納者が続出して徴税コストが激増する。
払えない人間から無理やり取り立てれば、外の暴動は『革命』に変わるわ」
議場が凍りつく。
徴税のプロが「取れない」と言っているのだ。これ以上の説得力はない。
ヴァイパーは顔をしかめたが、すぐに切り返した。
「……ならば、『国債』を発行します。
国民から取れないなら、市場から借りればいい。
我が国の信用力を担保にすれば、数兆マナの起債など容易い」
「それも無理ですね」
私が口を挟んだ。
手元の石版(スレート)を操作し、空中にホログラムチャートを投影する。
「ご覧ください。これが現在の『王国国債』の市場価格です」
チャートは、ナイアガラの滝のように垂直に暴落していた。
「な……なんだこれは!?」
「当然でしょう。
『採算度外視のバラマキ(国営公社)』を続ける国の債券など、誰も欲しがりません。
……あ、ちなみに」
私はニッコリと微笑んだ。
「この暴落を主導したのは、当社の主幹事証券である『ゴブリン・サックス』です。
彼らが『王国国債はジャンク級(ゴミ)』という格付けレポートを発表したおかげで、世界中の機関投資家が売り浴びせていますよ」
ちなみに、この空売り作戦の原資は、魔王軍の手元にある1.1兆マナだ。
国家予算(20兆)の規模に比べれば小さいが、「一点突破」で市場を壊すには十分すぎる火力だった。
「き、貴様ぁぁぁッ!!」
ヴァイパーが激昂し、演台を殴りつけた。
「経済攻撃か……! 民衆を扇動し、税収を断ち、さらに金融市場で国債を暴落させる……!
そこまでして、この国を潰す気か!!」
「潰す? 滅相もない」
私は眼鏡を直し、静かに告げた。
「私はただ、『市場のルール』を教えに来ただけです。
ヴァイパーさん。貴方は法律(ルール)を作る側だと思っていたでしょうが……経済の前では、国家もまた一人のプレイヤーに過ぎないのです」
ドォォォン……!
外から、バリケードが突破される重い音が響いた。
民衆が、議事堂の庭になだれ込んでくる。
「ひ、ひいいいッ! 入ってきたぞ!」
「殺される!」
「逃げろ! 私は増税に反対だったんだ!」
議員たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
議会は崩壊した。
誰もヴァイパーの「増税法案」になど署名しない。自分の命が惜しいからだ。
騒乱の中、ヴァイパーだけが一人、演壇に取り残されていた。
彼は震える手で聖法全書を握りしめ、私を睨みつけた。
「……クリフ・オーデル。
貴方は……悪魔だ」
「ええ、よく言われます。魔王軍のCFOですから」
私は恭しく一礼した。
勝負ありだ。
「無限の予算」という武器を失ったヴァイパーに、もはや戦う力は残っていない。
だが、ここで彼を終わらせるつもりはない。
私は懐から、一枚の名刺を取り出した。
「さて、ヴァイパーさん。
ここからは『ビジネス』の話をしましょうか」
(続く)
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