第60話 納税者の反乱(タックス・リボル) ~「私のランチ代が、公務員勇者の剣代に消えている!」~

 王都、国会議事堂前広場。
 そこは今、建国以来最大規模の熱気に包まれていた。

「増税反対!!」
「公社を解体しろ!!」
「私たちの税金を返せ!!」

 プラカードを掲げた数万人の市民が、議事堂を取り囲んでいる。
 きっかけは、魔王軍がばら撒いた一枚のチラシだった。
 『あなたの世帯の負担額:約12万マナ』。

 貴族にとっては、ワイン一本分の端金かもしれない。
 だが、月収3万~4万マナで暮らす下町の人々にとって、それは「死刑宣告」に等しい金額だった。

 最前列にいた主婦のマリアが、涙ながらに叫ぶ。

「12万マナなんて払ったら、子供たちが飢え死にするのよ! これ以上、私たちから何を奪う気なの!」
「そうだ! 貴族はいいもの食ってるくせに、俺たちから搾り取る気か!」

 怒号と共に、腐ったトマトや生卵が議事堂の白亜の壁に投げつけられる。
 それはもはやデモではない。生存をかけた暴動だった。

 ◇

 議事堂内部、大会議室。
 外の喧騒が地響きのように伝わる中、緊急議会が開かれていた。

 演壇に立つヴァイパーの表情は、いつになく険しい。
 彼の周りには、青ざめた顔の貴族議員たちが集まっていた。

「ど、どうするんだヴァイパー特別顧問! 民衆が暴徒化しているぞ!」
「これ以上、国営公社の赤字を隠し通すのは不可能だ! 今すぐ無料化を停止しろ!」

 口々に叫ぶ議員たちを、ヴァイパーは鋭い眼光で黙らせた。

「静粛に! ……狼狽えるな、無能ども」

 彼は聖法全書ホーリー・コードを演台に叩きつけた。

「デモなど放っておけばいい。重要なのは、国営公社を維持し、魔王軍のアプリを市場から排除することです。
 ここで引けば、我が国の経済は魔族に支配されるのですよ?」

「し、しかし……金がない! 20兆マナの国家予算はすでにカツカツだ! 予備費も底をついた!」

「ならば、作るまでです」

 ヴァイパーは懐から、一枚の法案を取り出した。

【国家安全保障のための特別税法案】

「魔王軍という『外的脅威』に対抗するため、国民一人当たり一律12万マナを徴収する。
 これを『国防税』と名付ければ、反対派も口を閉ざすでしょう」

 いわゆる「人頭税」だ。
 所得に関係なく、頭数で割って同額を徴収する。
 年収1億マナの貴族には痛くも痒くもないが、年収40万マナの貧困層は即死する、最も悪質な税制。

 ヴァイパーは冷徹に言い放った。

「さあ、採決を。
 反対する者は……国家への反逆とみなしますよ?」

 蛇のような視線に射抜かれ、議員たちが震えながら手を挙げようとした──その時だった。

「──お待ちください。その予算案、可決しても『現金化』できませんよ?」

 凛とした声が、議場に響き渡った。
 全員が振り返る。
 重厚な扉が開き、二人の人物が入ってきた。

 一人は、私、クリフ・オーデル。
 そしてもう一人は──王国の官僚服に身を包み、片眼鏡(モノクル)を光らせた女性。

「ヒ、ヒルダ統括官!?」

 ポーク侯爵が素っ頓狂な声を上げる。
 そう。王立国税局(マルサ)のトップであり、「税の番人」ヒルダだ。

「な、なぜ魔王軍の幹部と一緒に……!?」

「勘違いしないで。私は『数字の正義』を守りに来ただけよ」

 ヒルダはカツカツとヒールを鳴らして歩み寄り、ヴァイパーの目の前に分厚いファイルを叩きつけた。

「ヴァイパー。貴方がやろうとしている一律増税は、物理的に不可能よ」

「……どういう意味です?」

「今の国民に、12万マナなんて払う余力はないわ。
 私の局が調査した『国民資産データ』を見なさい。
 度重なる物価高と不況で、中間層以下の貯蓄率はほぼゼロ。……そこへ年収の2割を超える増税を課せば、何が起きると思う?」

 ヒルダは冷ややかに宣告した。

「──『国家破産(ソブリン・デフォルト)』よ。
 税収が増えるどころか、滞納者が続出して徴税コストが激増する。
 払えない人間から無理やり取り立てれば、外の暴動は『革命』に変わるわ」

 議場が凍りつく。
 徴税のプロが「取れない」と言っているのだ。これ以上の説得力はない。

 ヴァイパーは顔をしかめたが、すぐに切り返した。

「……ならば、『国債』を発行します。
 国民から取れないなら、市場から借りればいい。
 我が国の信用力を担保にすれば、数兆マナの起債など容易い」

「それも無理ですね」

 私が口を挟んだ。
 手元の石版(スレート)を操作し、空中にホログラムチャートを投影する。

「ご覧ください。これが現在の『王国国債』の市場価格です」

 チャートは、ナイアガラの滝のように垂直に暴落していた。

「な……なんだこれは!?」

「当然でしょう。
 『採算度外視のバラマキ(国営公社)』を続ける国の債券など、誰も欲しがりません。
 ……あ、ちなみに」

 私はニッコリと微笑んだ。

「この暴落を主導したのは、当社の主幹事証券である『ゴブリン・サックス』です。
 彼らが『王国国債はジャンク級(ゴミ)』という格付けレポートを発表したおかげで、世界中の機関投資家が売り浴びせていますよ」

 ちなみに、この空売り作戦の原資は、魔王軍の手元にある1.1兆マナだ。
 国家予算(20兆)の規模に比べれば小さいが、「一点突破」で市場を壊すには十分すぎる火力だった。

「き、貴様ぁぁぁッ!!」

 ヴァイパーが激昂し、演台を殴りつけた。

「経済攻撃か……! 民衆を扇動し、税収を断ち、さらに金融市場で国債を暴落させる……!
 そこまでして、この国を潰す気か!!」

「潰す? 滅相もない」

 私は眼鏡を直し、静かに告げた。

「私はただ、『市場のルール』を教えに来ただけです。
 ヴァイパーさん。貴方は法律(ルール)を作る側だと思っていたでしょうが……経済の前では、国家もまた一人のプレイヤーに過ぎないのです」

 ドォォォン……!
 外から、バリケードが突破される重い音が響いた。
 民衆が、議事堂の庭になだれ込んでくる。

「ひ、ひいいいッ! 入ってきたぞ!」
「殺される!」
「逃げろ! 私は増税に反対だったんだ!」

 議員たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
 議会は崩壊した。
 誰もヴァイパーの「増税法案」になど署名しない。自分の命が惜しいからだ。

 騒乱の中、ヴァイパーだけが一人、演壇に取り残されていた。
 彼は震える手で聖法全書ホーリー・コードを握りしめ、私を睨みつけた。

「……クリフ・オーデル。
 貴方は……悪魔だ」

「ええ、よく言われます。魔王軍のCFOですから」

 私は恭しく一礼した。
 勝負ありだ。
 「無限の予算」という武器を失ったヴァイパーに、もはや戦う力は残っていない。

 だが、ここで彼を終わらせるつもりはない。
 私は懐から、一枚の名刺を取り出した。

「さて、ヴァイパーさん。
 ここからは『ビジネス』の話をしましょうか」

(続く)

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