──世界は、美しく生まれ変わった。
数日後。地球全土は、かつてないほどの熱狂と歓喜の渦に包まれていた。
空を覆っていた不気味なバグのノイズは完全に消え去り、澄み切った青空がどこまでも広がっている。色抜けしていた大地は息を吹き返し、世界中のS級探索者たちが、自らの武器と魔法が正常に起動する奇跡に涙を流して抱き合っていた。
『ご覧ください! 今日も新宿のオフィス前には、彼らを一目見ようと世界中から数万人規模のファンや報道陣が詰めかけています! 人類を、いや、この世界そのものを救った究極の救世主……株式会社クリーン・ファンタジー!』
上空を飛び交う報道ヘリから、キャスターが喉を枯らして絶叫する。
各国の首脳からは国家元首級の待遇が約束され、国際ギルドからは「絶対不可侵のS級特例ギルド」としての認定証と、桁が読み切れないほどの報酬が振り込まれた。
彼らが宇宙の大家(創造主)から直々に【宇宙公認・特別メンテナンス業者】の黄金の許可証を受け取ったあの瞬間の映像は、歴史上最も偉大な『奇跡』として、世界中の人々の心に「掃除の尊さ」を深く刻み込んだのだ。
──だが。
当のクリーン・ファンタジー社の面々は、そんな世界的な大狂乱などどこ吹く風で、いつも通りの「日常」の中にいた。
「おい剣崎! 燃えるゴミの袋、ちゃんと口を縛って出せって言っただろうが! カラスが突っついて散乱してたぞ!」
「ひぃぃっ! すみません社長! 宇宙のゴミは完璧に分別できたのに、気が抜けちゃって……!」
「バカ野郎! 宇宙のゴミも現世のゴミも、分別ルールは絶対だ! 足元のゴミ一つ縛れねぇ奴に、世界は綺麗にできねぇんだよ! 罰として、今日はオフィスの床のモップ掛け追加だからな!」
「ええーっ! せっかく世界を救ったのにぃ! ……でも、まあ、いいですよ。俺がピカピカにしてやりますよ!」
いつものツナギ姿に首タオルを巻いたソウジが、だらしない人事部長にモップを押し付けている。
世界を終わらせるバグを完璧に仕分けた宇宙最高の分別男は、不満を言いながらも、その顔はどこか誇らしげに笑っていた。
「社長、お茶が入りましたわ! 本日は天界の最高級茶葉を、私の聖水で淹れておりますの!」
「ソウジ様、我ら神聖組の淹れたお茶、心して味わってください! ……というか、なぜ私が湯呑みを運ばされているのですか!」
「あーっ、セシリアさんたちズルイ! マスター、私のお茶も飲んでくださいね♪」
給湯室からは、フリルのエプロンを着けたセシリアとミカエル、そしてコアちゃんが、ドタバタとお盆を奪い合いながら飛び出してきた。
世界を救っても、彼らの騒がしくも楽しいオフィスの空気は、何一つ変わっていなかった。
「こらこら、こぼすなよ。せっかく剣崎がモップ掛けしてくれたんだからな」
ソウジは苦笑しながら、手にした愛用の雑巾で、オフィスの換気扇をササッと拭き上げた。
「……たくっ、どいつもこいつも騒がしいことだ」
神の顔面(モニター)を削り磨いた時のような必死さはない。ほんの少し付着したホコリを、優しく、愛おしむように撫でるだけの、こまめな手入れ。
「……日頃からこまめに手入れすりゃ、あんな大がかりな掃除はいらねぇんだよ」
ピカピカになった換気扇を見つめながら、ソウジがポツリと呟く。
そして、騒ぐ社員たちを振り返り、腰に提げたトングをカチカチと鳴らした。
「生き物が生活している限り、汚れは必ず出る。完璧に綺麗な状態なんて、一瞬しか続かねぇ。……今日綺麗にした窓も、明日にはまた土埃がつくさ」
だが、それは絶望ではない。
世界が汚れるということは、そこで誰かが息をして、笑って、泣いて、生きているという何よりの証拠なのだ。
「だからこそ……俺たちの仕事は、終わらねぇよ」
ソウジは振り返り、大切な社員たちに向けて、これ以上ないほど晴れやかな、満面の笑みを向けた。
「さあ、休憩終わりだ! 午後は富士山の温水プールの清掃依頼が入ってるぞ! 総員、道具を持ってバンに乗れ!!」
「「「はいっ、社長!!」」」
世界がどれだけ広大でも、システムがどれだけ複雑でも、やることは一つ。
汚れたら、磨く。それだけだ。
伝説の清掃員たちの日常は、これからもピカピカに、そしてドタバタと続いていくのだった。
【追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる】
〜完〜
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