第62話 最強のCLO(最高法務責任者)爆誕 ~昨日の敵は、今日から「最強の顧問弁護士」です~

 上場審査の最終日。
 王都にある「世界証券取引所」の大会議室は、異様な緊張感に包まれていた。

 円卓の一方には、私(クリフ)、アリス、そしてミナたち魔王軍の幹部。
 対面には、取引所の審査員たちと、オブザーバーとして参加している王国政府の役人たちが座っている。

 役人の一人が、勝ち誇ったように書類を突き出した。

「……残念ですが、株式会社デーモン・ホールディングスの上場申請は『不認可』となります」

「理由は?」

 私が尋ねると、役人はニヤリと笑った。

「『総合的な判断』ですよ。
 貴社の事業内容は適法ですが……政府としては、魔王軍が経済活動を行うことに懸念を抱いている。
 よって、証券取引所に対し『行政指導』を行いました。貴社の上場を認めるな、とね」

 行政指導。
 法律に基づかない、役所からの「お願い」という名の圧力。
 従わなければ、取引所自体が営業停止などの嫌がらせを受けるため、実質的な命令と同じだ。

「……なるほど。法では勝てないから、裏口から手を回しましたか」

「はっはっは! 何とでも言いたまえ。
 これが『大人の事情』というやつだ。悔しかったら、国相手に裁判でも起こすんだな。判決が出る頃には、貴社は干上がっているだろうが!」

 役人たちが下卑た笑い声を上げる。
 アリスが「ムカつく!」と机を蹴りそうになるのを、私は手で制した。

「裁判? そんな悠長なことはしませんよ」

 私は静かにコーヒーを啜り、入り口の方を向いた。

「……出番ですよ、ヴァイパーさん。いえ、これからは『CLO(最高法務責任者)』とお呼びすべきですね」

 カツ、カツ、カツ。
 重厚な足音が響き、会議室の扉が開かれた。

「おやおや。相変わらず、ここはカビ臭いですねぇ」

 現れたのは、紫色のスーツに身を包み、分厚い聖法全書ホーリー・コードを小脇に抱えた男。

「ヴァ、ヴァイパー特別顧問!?」

 役人たちが椅子から転げ落ちそうになる。
 つい先日まで彼らの上司だった男が、なぜ魔王軍側にいるのか。

「元、ですよ。現在は株式会社デーモン・ホールディングスのCLOを務めております」

 ヴァイパーは優雅に一礼し、私の隣──法務責任者の席に座った。
 そして、役人たちが提示した「不認可通知」を手に取り、パラパラと眺めた。

「ふむ……『行政指導による不認可』ですか。
 ……バカバカしい。これを作成したのは誰ですか? そこの財務局長?」

「ひっ! は、はい……ですが、これは政府の総意で……!」

「黙りなさい」

 ヴァイパーの声が、室内の温度を一気に下げた。

「いいですか、元部下の皆さん。
 行政指導とは、あくまで『任意の協力要請』に過ぎません。これに従わないことを理由に不利益な処分を行うことは、『行政手続法第32条』で明確に禁止されています」

 彼は聖法全書ホーリー・コードを開き、条文を読み上げた。

「さらに、政府が特定の民間企業(魔王軍)を市場から排除しようとする行為は、『独占禁止法第8条・事業者団体の禁止行為』および『職権乱用罪』に抵触します」

 ヴァイパーは蛇のような瞳を細め、役人たちを射抜いた。

「つまり、貴方たちが今やったことは『違法行為』です。
 もしこのまま不認可を強行するなら……私はCLOとして、この決定に関わった全員を『個人名』で告発しますよ?」

「なっ……こ、個人で!?」

「ええ。国家賠償請求ではありません。貴方たち『個人』への損害賠償請求です。
 上場延期による損害額は、推定1兆マナ。
 ……払えますか? 貴方たちの退職金と、家と、年金をすべて差し出しても足りませんが」

 役人たちの顔色が、土気色に変わった。
 「国の命令でやった」という言い訳は、法の専門家には通用しない。
 ヴァイパーは、彼らの逃げ道を完全に塞いだのだ。

「さあ、どうします?
 このまま違法な行政指導を続けて、一生借金まみれの生活を送りますか?
 それとも……『法』に従って、正しく認可印を押しますか?」

 蛇に睨まれたカエル。
 役人たちは震え上がり、取引所の審査員にすがりついた。

「に、認可だ! すぐに認可しろ!」
「我々は何も言っていない! これは取引所の判断だ!」

 責任をなすりつけ合う醜態を見て、ヴァイパーは呆れたように肩をすくめた。

「やれやれ。……クリフさん。これが彼らの実態ですよ」

「ええ。想定通りです」

 私は満足げに頷いた。
 取引所の審査員長が、震える手で木槌を振り上げた。

「……厳正なる審査の結果、株式会社デーモン・ホールディングスの上場を……『承認』とする!」

 カーン!!
 乾いた音が、会議室に響き渡った。

 ◇

 帰り道。
 証券取引所のロビーで、ヴァイパーはネクタイを緩めた。

「ふぅ。久しぶりに胸がすく思いです。
 法律というのは、守るために使うより、殴るために使う方が性に合っていますね」

「それは頼もしい。
 貴方が味方で本当に良かったですよ、ヴァイパーCLO」

 私は握手を求めた。
 彼はニヤリと笑い、その手を握り返した。

「勘違いしないでください、クリフさん。
 私はあくまで『契約』に従っただけです。
 ……それに、貴方のやり方は危なっかしい。私が手綱を握っていなければ、いつか本当に違法ラインを踏み越えそうだ」

「おや、心外ですね。私は常にクリーンですよ」

「そのセリフ、あのヒルダ統括官の前で言えますか?」

 二人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。

 これで障害は全て取り除かれた。
 財務は盤石。
 法務は最強。
 技術は天才的。
 そして、マーケティング(元勇者)も成功している。

 私は王都の空を見上げた。

「さあ、準備は整いました。
 いよいよ、メインイベントです」

 来週、株式会社デーモン・ホールディングスは、世界証券取引所に上場する。
 それは、魔王軍が名実ともに「世界の支配者」としてデビューする日だ。

(続く)

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