上場審査の最終日。
王都にある「世界証券取引所」の大会議室は、異様な緊張感に包まれていた。
円卓の一方には、私(クリフ)、アリス、そしてミナたち魔王軍の幹部。
対面には、取引所の審査員たちと、オブザーバーとして参加している王国政府の役人たちが座っている。
役人の一人が、勝ち誇ったように書類を突き出した。
「……残念ですが、株式会社デーモン・ホールディングスの上場申請は『不認可』となります」
「理由は?」
私が尋ねると、役人はニヤリと笑った。
「『総合的な判断』ですよ。
貴社の事業内容は適法ですが……政府としては、魔王軍が経済活動を行うことに懸念を抱いている。
よって、証券取引所に対し『行政指導』を行いました。貴社の上場を認めるな、とね」
行政指導。
法律に基づかない、役所からの「お願い」という名の圧力。
従わなければ、取引所自体が営業停止などの嫌がらせを受けるため、実質的な命令と同じだ。
「……なるほど。法では勝てないから、裏口から手を回しましたか」
「はっはっは! 何とでも言いたまえ。
これが『大人の事情』というやつだ。悔しかったら、国相手に裁判でも起こすんだな。判決が出る頃には、貴社は干上がっているだろうが!」
役人たちが下卑た笑い声を上げる。
アリスが「ムカつく!」と机を蹴りそうになるのを、私は手で制した。
「裁判? そんな悠長なことはしませんよ」
私は静かにコーヒーを啜り、入り口の方を向いた。
「……出番ですよ、ヴァイパーさん。いえ、これからは『CLO(最高法務責任者)』とお呼びすべきですね」
カツ、カツ、カツ。
重厚な足音が響き、会議室の扉が開かれた。
「おやおや。相変わらず、ここはカビ臭いですねぇ」
現れたのは、紫色のスーツに身を包み、分厚い聖法全書を小脇に抱えた男。
「ヴァ、ヴァイパー特別顧問!?」
役人たちが椅子から転げ落ちそうになる。
つい先日まで彼らの上司だった男が、なぜ魔王軍側にいるのか。
「元、ですよ。現在は株式会社デーモン・ホールディングスのCLOを務めております」
ヴァイパーは優雅に一礼し、私の隣──法務責任者の席に座った。
そして、役人たちが提示した「不認可通知」を手に取り、パラパラと眺めた。
「ふむ……『行政指導による不認可』ですか。
……バカバカしい。これを作成したのは誰ですか? そこの財務局長?」
「ひっ! は、はい……ですが、これは政府の総意で……!」
「黙りなさい」
ヴァイパーの声が、室内の温度を一気に下げた。
「いいですか、元部下の皆さん。
行政指導とは、あくまで『任意の協力要請』に過ぎません。これに従わないことを理由に不利益な処分を行うことは、『行政手続法第32条』で明確に禁止されています」
彼は聖法全書を開き、条文を読み上げた。
「さらに、政府が特定の民間企業(魔王軍)を市場から排除しようとする行為は、『独占禁止法第8条・事業者団体の禁止行為』および『職権乱用罪』に抵触します」
ヴァイパーは蛇のような瞳を細め、役人たちを射抜いた。
「つまり、貴方たちが今やったことは『違法行為』です。
もしこのまま不認可を強行するなら……私はCLOとして、この決定に関わった全員を『個人名』で告発しますよ?」
「なっ……こ、個人で!?」
「ええ。国家賠償請求ではありません。貴方たち『個人』への損害賠償請求です。
上場延期による損害額は、推定1兆マナ。
……払えますか? 貴方たちの退職金と、家と、年金をすべて差し出しても足りませんが」
役人たちの顔色が、土気色に変わった。
「国の命令でやった」という言い訳は、法の専門家には通用しない。
ヴァイパーは、彼らの逃げ道を完全に塞いだのだ。
「さあ、どうします?
このまま違法な行政指導を続けて、一生借金まみれの生活を送りますか?
それとも……『法』に従って、正しく認可印を押しますか?」
蛇に睨まれたカエル。
役人たちは震え上がり、取引所の審査員にすがりついた。
「に、認可だ! すぐに認可しろ!」
「我々は何も言っていない! これは取引所の判断だ!」
責任をなすりつけ合う醜態を見て、ヴァイパーは呆れたように肩をすくめた。
「やれやれ。……クリフさん。これが彼らの実態ですよ」
「ええ。想定通りです」
私は満足げに頷いた。
取引所の審査員長が、震える手で木槌を振り上げた。
「……厳正なる審査の結果、株式会社デーモン・ホールディングスの上場を……『承認』とする!」
カーン!!
乾いた音が、会議室に響き渡った。
◇
帰り道。
証券取引所のロビーで、ヴァイパーはネクタイを緩めた。
「ふぅ。久しぶりに胸がすく思いです。
法律というのは、守るために使うより、殴るために使う方が性に合っていますね」
「それは頼もしい。
貴方が味方で本当に良かったですよ、ヴァイパーCLO」
私は握手を求めた。
彼はニヤリと笑い、その手を握り返した。
「勘違いしないでください、クリフさん。
私はあくまで『契約』に従っただけです。
……それに、貴方のやり方は危なっかしい。私が手綱を握っていなければ、いつか本当に違法ラインを踏み越えそうだ」
「おや、心外ですね。私は常にクリーンですよ」
「そのセリフ、あのヒルダ統括官の前で言えますか?」
二人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。
これで障害は全て取り除かれた。
財務は盤石。
法務は最強。
技術は天才的。
そして、マーケティング(元勇者)も成功している。
私は王都の空を見上げた。
「さあ、準備は整いました。
いよいよ、メインイベントです」
来週、株式会社デーモン・ホールディングスは、世界証券取引所に上場する。
それは、魔王軍が名実ともに「世界の支配者」としてデビューする日だ。
(続く)
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