上場承認から数日後。
魔王城、CFO室。
私は窓の外、遥か彼方の人間界を見下ろしながら、最後の仕掛けを練っていた。
「上場(IPO)の準備は整いました。
財務諸表はクリーン。法務リスクはヴァイパーさんが封殺済み。
……ですが、まだ足りない」
私は振り返り、円卓に座る幹部たちを見渡した。
「時価総額10兆マナ。
この目標を達成するには、投資家の買い注文だけでは不十分です。
我々のサービス『勇-Share』のユーザーである冒険者たちを、単なる『利用者』から、絶対に裏切らない『信者』に変える必要があります」
アリスがペロペロキャンディを口から離し、首を傾げた。
「信者? どうやるの?
手数料5%にしただけでも、みんな神様扱いしてくれてるけど?」
「いいえ。安さで釣った客は、他がもっと安くすればすぐに逃げます。
私が欲しいのは、魔王軍と運命を共にする『共犯者』です」
私は一枚の企画書を提示した。
そこに書かれたタイトルを見て、ヴァイパーが目を丸くした。
「……『冒険者パートナーシップ制度』および『新株予約権(ストックオプション)の付与』……?」
ヴァイパーが蛇のような鋭い目つきで企画書を読み込む。
「クリフさん。ストックオプションは通常、自社の役員や従業員に配るものです。
それを、外部の個人事業主である冒険者にばら撒くと?」
「ええ。彼らを『外部パートナー』として定義し、報酬の一部として権利を付与します。
名目は『創業記念キャンペーン』。
……ただし、強烈な条件(足枷)付きですがね」
私はニヤリと笑った。
「彼らに『夢』を見せてあげるのです。
今日から君たちは、搾取される側ではない。魔王軍のオーナー(株主)だと」
◇
翌日。
人間界の全冒険者の魔導端末に、一斉通知が届いた。
『【重要】株式会社デーモン・ホールディングスより、重大な発表があります』
Fランク冒険者のカイルは、宿屋のベッドでその通知を開いた。
最近は『勇-Share』のおかげで稼ぎも増え、ようやくまともな装備が買えるようになっていた。
「なんだ? 手数料の改定か? ……まさか値上げ?」
不安げに画面をタップすると、そこには予想外の文言が踊っていた。
【祝・上場決定! 総額1,000億マナ相当の『株式購入権』をプレゼント!】
「……は? かぶしき?」
カイルは続きを読む。
『日頃の感謝を込め、アクティブな冒険者の皆様に、当社の株を「公開価格(ディスカウント)」で買える権利を付与します。
もし当社が上場し、株価が10倍になれば……あなたの資産も10倍になります』
画面には、皮算用のシミュレーション・グラフが表示されている。
もし今、1万マナ分の権利を持っていれば、数年後には10万、いや100万マナになるかもしれない──そんな右肩上がりの夢の曲線。
「す、すげぇ……!
俺たちが、魔王軍の株を持てるのか!?」
カイルの胸が高鳴る。
だが、その下には小さな文字で「条件」が書かれていた。
【※注意事項:ロックアップ(売却制限)について】
『この株式は、上場後1年間(365日)は売却できません』
『また、期間中にアプリを退会した場合、権利は失効します』
「ロック……アップ?」
難しい言葉だが、カイルなりに理解した。
要するに、「1年間は魔王軍と一緒に頑張れ。そうすれば大金持ちになれる」ということだ。
「……上等じゃねぇか!」
カイルは拳を握りしめた。
今まで、冒険者ギルドは俺たちから搾取するだけだった。
だが、魔王軍は違う。利益を分け合い、一緒に成長しようと言ってくれている。
「やるぞ! 俺はもう魔王軍派だ!
もっと依頼をこなして、株を貰いまくってやる!」
同じ現象が、世界中で起きていた。
冒険者たちは目の色を変えてクエストに励み始めた。
彼らはもはや、単なる労働者ではない。
「株価を上げる」という共通の目的を持った、魔王軍のステークホルダー(利害関係者)なのだ。
◇
王都、冒険者ギルド本部。
閑散としたロビーで、総ギルドマスター・ボルジアは震えていた。
「な、なんだこれは……」
彼の手元にある報告書には、絶望的な数字が並んでいる。
ギルドへの依頼受注件数、ほぼゼロ。
さらに、ギルド専属だったSランク、Aランクのベテラン冒険者たちまでもが、次々と『勇-Share』に乗り換えている。
「金か……? 結局、金なのか貴様らは!」
ボルジアが通りがかりの冒険者に掴みかかる。
だが、その冒険者は冷ややかな目で彼の手を振り払った。
「金だけじゃないさ」
「な、何だと?」
「魔王軍は、俺たちを『パートナー』として扱ってくれた。
株(ストックオプション)をくれたんだよ。つまり、俺たちはあっちの『経営者』の一員なんだ」
冒険者はギルド証をゴミ箱に放り投げた。
「ここは俺たちの会社じゃねぇ。アンタの財布だろ?
……じゃあな。自分の会社(魔王軍)の株価が気になるんでね」
「ま、待て! 行くなァァァッ!」
ボルジアの叫びは、誰にも届かなかった。
金銭的な損得を超えた、「帰属意識(ロイヤリティ)」の差。
クリフが仕掛けた「資本の鎖」は、ギルドの結束などより遥かに強固だった。
◇
魔王城、CFO室。
モニターには、アプリの稼働率が限界突破している様子が映し出されている。
「すごいよクリフさん!
『ロックアップ』のおかげで、今後1年間のユーザー離脱率はほぼ0%予測だよ!」
アリスが興奮して報告する。
隣でヴァイパーも、感心したように頷いた。
「見事ですね。
法的には『新株予約権付与契約』ですが……心理的には『運命共同体への署名』だ。
彼らはもう、魔王軍の悪口を言えません。それは自分の資産価値を下げることになりますからね」
「ええ。人間とは、自分が投資したものだけを愛する生き物ですから」
私はコーヒーを飲み干し、立ち上がった。
ユーザー(冒険者)は囲い込んだ。
法務(政府)は黙らせた。
財務(資金)は盤石。
あとは、最後の仕上げだ。
「さあ、行きましょうか。
世界証券取引所へ」
私は漆黒のスーツの襟を正した。
「上場の鐘(ベル)を鳴らす時です」
(続く)
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