第63話 冒険者へのストックオプション ~「ロックアップ(売却制限)」付きですが、一緒に夢を見ませんか?~

 上場承認から数日後。
 魔王城、CFO室。

 私は窓の外、遥か彼方の人間界を見下ろしながら、最後の仕掛けを練っていた。

「上場(IPO)の準備は整いました。
 財務諸表はクリーン。法務リスクはヴァイパーさんが封殺済み。
 ……ですが、まだ足りない」

 私は振り返り、円卓に座る幹部たちを見渡した。

「時価総額10兆マナ。
 この目標を達成するには、投資家の買い注文だけでは不十分です。
 我々のサービス『勇-Share』のユーザーである冒険者たちを、単なる『利用者』から、絶対に裏切らない『信者』に変える必要があります」

 アリスがペロペロキャンディを口から離し、首を傾げた。

「信者? どうやるの?
 手数料5%にしただけでも、みんな神様扱いしてくれてるけど?」

「いいえ。安さで釣った客は、他がもっと安くすればすぐに逃げます。
 私が欲しいのは、魔王軍と運命を共にする『共犯者』です」

 私は一枚の企画書を提示した。
 そこに書かれたタイトルを見て、ヴァイパーが目を丸くした。

「……『冒険者パートナーシップ制度』および『新株予約権(ストックオプション)の付与』……?」

 ヴァイパーが蛇のような鋭い目つきで企画書を読み込む。

「クリフさん。ストックオプションは通常、自社の役員や従業員に配るものです。
 それを、外部の個人事業主である冒険者にばら撒くと?」

「ええ。彼らを『外部パートナー』として定義し、報酬の一部として権利を付与します。
 名目は『創業記念キャンペーン』。
 ……ただし、強烈な条件(足枷)付きですがね」

 私はニヤリと笑った。

「彼らに『夢』を見せてあげるのです。
 今日から君たちは、搾取される側ではない。魔王軍のオーナー(株主)だと」

 ◇

 翌日。
 人間界の全冒険者の魔導端末に、一斉通知が届いた。

『【重要】株式会社デーモン・ホールディングスより、重大な発表があります』

 Fランク冒険者のカイルは、宿屋のベッドでその通知を開いた。
 最近は『勇-Share』のおかげで稼ぎも増え、ようやくまともな装備が買えるようになっていた。

「なんだ? 手数料の改定か? ……まさか値上げ?」

 不安げに画面をタップすると、そこには予想外の文言が踊っていた。

【祝・上場決定! 総額1,000億マナ相当の『株式購入権』をプレゼント!】

「……は? かぶしき?」

 カイルは続きを読む。

『日頃の感謝を込め、アクティブな冒険者の皆様に、当社の株を「公開価格(ディスカウント)」で買える権利を付与します。
 もし当社が上場し、株価が10倍になれば……あなたの資産も10倍になります』

 画面には、皮算用のシミュレーション・グラフが表示されている。
 もし今、1万マナ分の権利を持っていれば、数年後には10万、いや100万マナになるかもしれない──そんな右肩上がりの夢の曲線。

「す、すげぇ……!
 俺たちが、魔王軍の株を持てるのか!?」

 カイルの胸が高鳴る。
 だが、その下には小さな文字で「条件」が書かれていた。

【※注意事項:ロックアップ(売却制限)について】
『この株式は、上場後1年間(365日)は売却できません』
『また、期間中にアプリを退会した場合、権利は失効します』

「ロック……アップ?」

 難しい言葉だが、カイルなりに理解した。
 要するに、「1年間は魔王軍と一緒に頑張れ。そうすれば大金持ちになれる」ということだ。

「……上等じゃねぇか!」

 カイルは拳を握りしめた。
 今まで、冒険者ギルドは俺たちから搾取するだけだった。
 だが、魔王軍は違う。利益を分け合い、一緒に成長しようと言ってくれている。

「やるぞ! 俺はもう魔王軍派だ!
 もっと依頼をこなして、株を貰いまくってやる!」

 同じ現象が、世界中で起きていた。
 冒険者たちは目の色を変えてクエストに励み始めた。
 彼らはもはや、単なる労働者ではない。
 「株価を上げる」という共通の目的を持った、魔王軍のステークホルダー(利害関係者)なのだ。

 ◇

 王都、冒険者ギルド本部。
 閑散としたロビーで、総ギルドマスター・ボルジアは震えていた。

「な、なんだこれは……」

 彼の手元にある報告書には、絶望的な数字が並んでいる。
 ギルドへの依頼受注件数、ほぼゼロ。
 さらに、ギルド専属だったSランク、Aランクのベテラン冒険者たちまでもが、次々と『勇-Share』に乗り換えている。

「金か……? 結局、金なのか貴様らは!」

 ボルジアが通りがかりの冒険者に掴みかかる。
 だが、その冒険者は冷ややかな目で彼の手を振り払った。

「金だけじゃないさ」
「な、何だと?」
「魔王軍は、俺たちを『パートナー』として扱ってくれた。
 株(ストックオプション)をくれたんだよ。つまり、俺たちはあっちの『経営者』の一員なんだ」

 冒険者はギルド証をゴミ箱に放り投げた。

「ここは俺たちの会社じゃねぇ。アンタの財布だろ?
 ……じゃあな。自分の会社(魔王軍)の株価が気になるんでね」

「ま、待て! 行くなァァァッ!」

 ボルジアの叫びは、誰にも届かなかった。
 金銭的な損得を超えた、「帰属意識(ロイヤリティ)」の差。
 クリフが仕掛けた「資本の鎖」は、ギルドの結束などより遥かに強固だった。

 ◇

 魔王城、CFO室。
 モニターには、アプリの稼働率が限界突破している様子が映し出されている。

「すごいよクリフさん!
 『ロックアップ』のおかげで、今後1年間のユーザー離脱率はほぼ0%予測だよ!」

 アリスが興奮して報告する。
 隣でヴァイパーも、感心したように頷いた。

「見事ですね。
 法的には『新株予約権付与契約』ですが……心理的には『運命共同体への署名』だ。
 彼らはもう、魔王軍の悪口を言えません。それは自分の資産価値を下げることになりますからね」

「ええ。人間とは、自分が投資したものだけを愛する生き物ですから」

 私はコーヒーを飲み干し、立ち上がった。

 ユーザー(冒険者)は囲い込んだ。
 法務(政府)は黙らせた。
 財務(資金)は盤石。

 あとは、最後の仕上げだ。

「さあ、行きましょうか。
 世界証券取引所へ」

 私は漆黒のスーツの襟を正した。

「上場の鐘(ベル)を鳴らす時です」

(続く)

コメント

タイトルとURLをコピーしました