第65話 冒険者へのTOB(敵対的買収) ~倉庫は物流拠点へ。カウンターはレジへ~

 上場初日。
 時価総額12.8兆マナという、王国国家予算の半分以上に匹敵する評価額(バリュエーション)を叩き出した魔王軍。

 その日の午後。
 魔王城のCFO室で、私は一枚の書面にサインをした。

「……これより、株式会社デーモン・ホールディングスは、一般社団法人『冒険者ギルド』に対し、公開買付け(TOB)を開始します」

 私は、横に控えるCLOのヴァイパーに書類を渡した。

「ヴァイパーさん。法的手続きは?」

「完璧ですよ。ギルドは表向き『非営利』を謳っていますが、実態は『運営評議会』の理事たちが既得権益(議決権)を独占しています。
 彼らの持つ権利を過半数買い占めれば、経営権はこちらのものです」

「よし。では、価格は『一株(一議決権)あたり5,000マナ』で」

「5,000……!? ギルドの純資産価値の2倍以上ですよ?」

 アリスが驚いて目を丸くする。

「いいのです。金(キャッシュ)は腐るほどありますから。
 それに、相手の『強欲』を刺激するには、相場の倍額を提示するのが礼儀というものです」

 私はニヤリと笑い、全魔導放送を通じて世界中に宣言した。

『本日より、当社の株主となった皆様、およびギルド理事の皆様へご提案があります。
 ……古い船を降りて、新しい豪華客船に乗り換えませんか?』

 ◇

 王都、冒険者ギルド本部。
 緊急理事会が招集されていた。

 円卓を囲むのは、ギルドの運営権を持つ10人の理事たち。
 彼らは皆、かつては名のある冒険者だった老人や、ギルドに投資している貴族たちだ。

 議長席の総ギルドマスター・ボルジアは、机を叩いて怒鳴っていた。

「売るな! 絶対に魔王軍の提案になど乗るな!
 ギルドは人類の砦だぞ! それを魔族に売り渡すなど、プライドはないのか!」

 ボルジアの剣幕に、理事たちは沈黙している。
 だが、その目は泳いでいた。

 彼らの手元には、魔王軍から送られてきた『TOB提案書』がある。
 そこには、彼らが持っている議決権を「一株 5,000マナ」で買い取ると書かれていた。

「……し、しかしボルジア君」

 最長老の理事が、震える手で提案書を持ち上げた。

「ワシらの持っている権利は、最近の不況で紙屑同然じゃった。
 それを……2倍の価格で買い取ってくれると言うんじゃぞ?」

「金の問題ではない! 誇りの問題だ!」

「誇りで飯は食えんよ!」

 別の貴族理事が叫んだ。

「見ろ、外を! 冒険者はみんな『勇-Share』に行ってしまった!
 ギルドの収益は先月比95%減だ!
 このままでは、ワシらの資産はゼロになる。いや、負債を抱えて破産だぞ!」

「ぐっ……」

 ボルジアが言葉に詰まる。
 沈みゆく泥船。それが今のギルドの実態だ。
 そこへ、魔王軍という救命ボートが、札束を積んで迎えに来たのだ。

 その時。
 会議室の扉が、ノックもなく開かれた。

「失礼しますよ。……おやおや、お通夜の最中でしたか?」

 入ってきたのは、紫色のスーツの男──ヴァイパーだ。
 その後ろには、アタッシュケースを持った黒服のアンデッド社員たちが控えている。

「き、貴様! 部外者が何用だ!」

「部外者? いいえ、私は『未来のオーナー代理人』です」

 ヴァイパーは優雅に歩み寄り、テーブルの上にアタッシュケースを開いた。
 中には、見たこともない額の現金(マナ紙幣)と、魔王軍の未公開株券が詰まっている。

「単刀直入に言いましょう。
 今ここで売却に同意する理事の方には、提示額に加えて『特別退職金(ゴールデン・パラシュート)』をご用意しました」

 ヴァイパーは蛇のような目で、理事たちの欲望を覗き込んだ。

「さらに、魔王軍のストックオプションもお付けします。
 ……沈む船と心中して『名誉ある死』を選ぶか。
 それとも、権利を売って『大金持ちの余生』を楽しむか。
 選ぶのは貴方たちです」

 ゴクリ。
 理事たちが生唾を飲み込む音が響いた。

「う、売る!」
「ワシも売るぞ!」
「ここにサインすればいいのか!?」

 雪崩現象だった。
 我先にと、理事たちがヴァイパーに群がる。
 彼らにとって、ギルドとは「理念」ではなく「集金装置」でしかなかったのだ。金にならなくなれば、何の未練もない。

「や、やめろ! 貴様ら、魂を売る気かぁぁッ!」

 ボルジアが絶叫する。
 だが、サインを終えた理事の一人が、冷ややかに言い放った。

「魂? いいえ、これは『利益確定(利確)』ですよ、ボルジア君」

 ◇

 一時間後。
 TOBは成立した。
 株式会社デーモン・ホールディングスは、冒険者ギルドの議決権の80%を取得し、正式に親会社となった。

 私は悠々とギルド本部に入場した。
 ロビーには、呆然と立ち尽くすボルジアと、新しい制服(魔王軍ロゴ入り)に着替えさせられた職員たちがいた。

「ようこそ、クリフ様!」
「お待ちしておりました、新社長!」

 職員たちが深々と頭を下げる。
 彼らもまた、魔王軍のストックオプションを貰っている「共犯者」だ。給料の未払いが続いていたギルドより、資金潤沢な魔王軍の方がいいに決まっている。

「……ク、クリフ……!」

 ボルジアが、憎悪に満ちた目で私を睨みつける。

「よくも……よくも私のギルドを!
 歴史ある冒険者の殿堂を、金で汚しおって!」

「汚す? 心外ですね」

 私は彼の目の前まで歩み寄り、古びた受付カウンターを指差した。

「私は『掃除』をしに来たんですよ。
 ……ガント、やってしまいなさい」

「おうよ!」

 ドガァァァン!!

 ガントが巨大なハンマーを振り下ろし、受付カウンターを粉砕した。

「なっ……!?」

「こんな非効率なカウンターはもう要りません。
 依頼書を貼る掲示板も、薄暗い酒場も、すべて撤去です」

 私は石版(スレート)を取り出し、改装計画図を投影した。

「明日から、ここ(ギルド)は生まれ変わります。
 世界中に点在する数千の支部は、すべて魔王軍直営の『物流拠点』兼『小売店舗』になります」

「こ、小売……?」

「ええ。名付けて『魔王マート(Demon Mart)』」

 私はボルジアに宣告した。

「冒険者が素材を持ち込み、その場で加工し、一般市民に販売する。
 そして冒険者は、稼いだ金でポーションや食料を買って帰る。
 ……最強の『エコシステム(経済圏)』の完成です」

 ボルジアが膝から崩れ落ちる。

「そ、そんな……冒険者が……販売員になるとでも言うのか……」

「職業に貴賤はありませんよ。あるのは『需要』と『供給』だけです」

 私は冷たく言い放ち、ガントに指示を出した。

「さあ、改装工事の開始です!
 まずは看板の架け替えから。
 『冒険者ギルド』の看板を下ろし、『魔王マート 王都1号店』のネオンを掲げなさい!」

 こうして、数千年の歴史を持つ冒険者ギルドは消滅した。
 代わりに生まれたのは、24時間営業・年中無休の、世界最大のリテール・チェーンだった。

(続く)

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