上場初日。
時価総額12.8兆マナという、王国国家予算の半分以上に匹敵する評価額(バリュエーション)を叩き出した魔王軍。
その日の午後。
魔王城のCFO室で、私は一枚の書面にサインをした。
「……これより、株式会社デーモン・ホールディングスは、一般社団法人『冒険者ギルド』に対し、公開買付け(TOB)を開始します」
私は、横に控えるCLOのヴァイパーに書類を渡した。
「ヴァイパーさん。法的手続きは?」
「完璧ですよ。ギルドは表向き『非営利』を謳っていますが、実態は『運営評議会』の理事たちが既得権益(議決権)を独占しています。
彼らの持つ権利を過半数買い占めれば、経営権はこちらのものです」
「よし。では、価格は『一株(一議決権)あたり5,000マナ』で」
「5,000……!? ギルドの純資産価値の2倍以上ですよ?」
アリスが驚いて目を丸くする。
「いいのです。金(キャッシュ)は腐るほどありますから。
それに、相手の『強欲』を刺激するには、相場の倍額を提示するのが礼儀というものです」
私はニヤリと笑い、全魔導放送を通じて世界中に宣言した。
『本日より、当社の株主となった皆様、およびギルド理事の皆様へご提案があります。
……古い船を降りて、新しい豪華客船に乗り換えませんか?』
◇
王都、冒険者ギルド本部。
緊急理事会が招集されていた。
円卓を囲むのは、ギルドの運営権を持つ10人の理事たち。
彼らは皆、かつては名のある冒険者だった老人や、ギルドに投資している貴族たちだ。
議長席の総ギルドマスター・ボルジアは、机を叩いて怒鳴っていた。
「売るな! 絶対に魔王軍の提案になど乗るな!
ギルドは人類の砦だぞ! それを魔族に売り渡すなど、プライドはないのか!」
ボルジアの剣幕に、理事たちは沈黙している。
だが、その目は泳いでいた。
彼らの手元には、魔王軍から送られてきた『TOB提案書』がある。
そこには、彼らが持っている議決権を「一株 5,000マナ」で買い取ると書かれていた。
「……し、しかしボルジア君」
最長老の理事が、震える手で提案書を持ち上げた。
「ワシらの持っている権利は、最近の不況で紙屑同然じゃった。
それを……2倍の価格で買い取ってくれると言うんじゃぞ?」
「金の問題ではない! 誇りの問題だ!」
「誇りで飯は食えんよ!」
別の貴族理事が叫んだ。
「見ろ、外を! 冒険者はみんな『勇-Share』に行ってしまった!
ギルドの収益は先月比95%減だ!
このままでは、ワシらの資産はゼロになる。いや、負債を抱えて破産だぞ!」
「ぐっ……」
ボルジアが言葉に詰まる。
沈みゆく泥船。それが今のギルドの実態だ。
そこへ、魔王軍という救命ボートが、札束を積んで迎えに来たのだ。
その時。
会議室の扉が、ノックもなく開かれた。
「失礼しますよ。……おやおや、お通夜の最中でしたか?」
入ってきたのは、紫色のスーツの男──ヴァイパーだ。
その後ろには、アタッシュケースを持った黒服のアンデッド社員たちが控えている。
「き、貴様! 部外者が何用だ!」
「部外者? いいえ、私は『未来のオーナー代理人』です」
ヴァイパーは優雅に歩み寄り、テーブルの上にアタッシュケースを開いた。
中には、見たこともない額の現金(マナ紙幣)と、魔王軍の未公開株券が詰まっている。
「単刀直入に言いましょう。
今ここで売却に同意する理事の方には、提示額に加えて『特別退職金(ゴールデン・パラシュート)』をご用意しました」
ヴァイパーは蛇のような目で、理事たちの欲望を覗き込んだ。
「さらに、魔王軍のストックオプションもお付けします。
……沈む船と心中して『名誉ある死』を選ぶか。
それとも、権利を売って『大金持ちの余生』を楽しむか。
選ぶのは貴方たちです」
ゴクリ。
理事たちが生唾を飲み込む音が響いた。
「う、売る!」
「ワシも売るぞ!」
「ここにサインすればいいのか!?」
雪崩現象だった。
我先にと、理事たちがヴァイパーに群がる。
彼らにとって、ギルドとは「理念」ではなく「集金装置」でしかなかったのだ。金にならなくなれば、何の未練もない。
「や、やめろ! 貴様ら、魂を売る気かぁぁッ!」
ボルジアが絶叫する。
だが、サインを終えた理事の一人が、冷ややかに言い放った。
「魂? いいえ、これは『利益確定(利確)』ですよ、ボルジア君」
◇
一時間後。
TOBは成立した。
株式会社デーモン・ホールディングスは、冒険者ギルドの議決権の80%を取得し、正式に親会社となった。
私は悠々とギルド本部に入場した。
ロビーには、呆然と立ち尽くすボルジアと、新しい制服(魔王軍ロゴ入り)に着替えさせられた職員たちがいた。
「ようこそ、クリフ様!」
「お待ちしておりました、新社長!」
職員たちが深々と頭を下げる。
彼らもまた、魔王軍のストックオプションを貰っている「共犯者」だ。給料の未払いが続いていたギルドより、資金潤沢な魔王軍の方がいいに決まっている。
「……ク、クリフ……!」
ボルジアが、憎悪に満ちた目で私を睨みつける。
「よくも……よくも私のギルドを!
歴史ある冒険者の殿堂を、金で汚しおって!」
「汚す? 心外ですね」
私は彼の目の前まで歩み寄り、古びた受付カウンターを指差した。
「私は『掃除』をしに来たんですよ。
……ガント、やってしまいなさい」
「おうよ!」
ドガァァァン!!
ガントが巨大なハンマーを振り下ろし、受付カウンターを粉砕した。
「なっ……!?」
「こんな非効率なカウンターはもう要りません。
依頼書を貼る掲示板も、薄暗い酒場も、すべて撤去です」
私は石版(スレート)を取り出し、改装計画図を投影した。
「明日から、ここ(ギルド)は生まれ変わります。
世界中に点在する数千の支部は、すべて魔王軍直営の『物流拠点』兼『小売店舗』になります」
「こ、小売……?」
「ええ。名付けて『魔王マート(Demon Mart)』」
私はボルジアに宣告した。
「冒険者が素材を持ち込み、その場で加工し、一般市民に販売する。
そして冒険者は、稼いだ金でポーションや食料を買って帰る。
……最強の『エコシステム(経済圏)』の完成です」
ボルジアが膝から崩れ落ちる。
「そ、そんな……冒険者が……販売員になるとでも言うのか……」
「職業に貴賤はありませんよ。あるのは『需要』と『供給』だけです」
私は冷たく言い放ち、ガントに指示を出した。
「さあ、改装工事の開始です!
まずは看板の架け替えから。
『冒険者ギルド』の看板を下ろし、『魔王マート 王都1号店』のネオンを掲げなさい!」
こうして、数千年の歴史を持つ冒険者ギルドは消滅した。
代わりに生まれたのは、24時間営業・年中無休の、世界最大のリテール・チェーンだった。
(続く)
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