第66話(第3部完結) 魔王マート(Demon Mart)開店 ~世界征服、完了しました(経済的に)~

 数週間後。
 人間界・王都の中心部に、新たなランドマークが誕生した。

 かつて「冒険者ギルド本部」と呼ばれていたその建物は、薄暗い酒場も、威圧的な鉄格子もすべて取り払われ、全面ガラス張りの近代的な施設へと生まれ変わっていた。

 入り口には、自動で開閉する魔導ドアと明るい魔石灯。
 そして、これまた魔石で彩られた看板が輝いている。

【24時間営業 総合物流拠点 魔王マート(Demon Mart)王都本店】

 店内は、朝から凄まじい活気に包まれていた。

「いらっしゃいませー! 本日の特売品、獲れたてのオーク肉が入荷しましたよー!」

 元気な声が響く。
 だが、商品を並べているのは店員ではない。鎧を着た冒険者自身だ。

 ここ「魔王マート」のシステムは、画期的だった。
 従来の「ギルドが買い取って、利益を乗せて売る(中抜き)」モデルではない。
 冒険者が棚を借り、自分で値段を決め、消費者に直接販売する「産直プラットフォーム」なのだ。

 主婦のマリアが、新鮮な肉をカゴに入れながら冒険者に話しかける。

「あら、今日のオーク肉は脂が乗ってるわね。安くならない?」

「へへッ、奥さんお目が高い! アプリ(勇-Share)決済なら5%オフにしますよ!」

 冒険者が端末を操作すると、マリアの端末から即座に代金が支払われる。
 チャリーン♪

 店側(魔王軍)が取るのは、場所代と決済手数料のみ。
 冒険者の手取りは増え、客は安く買える。
 「生産者」と「消費者」が直結した、究極のフェアトレード空間がそこにはあった。

 ◇

 店舗のバックヤード、旧・ギルドマスター室。
 そこは今、CLO(最高法務責任者)ヴァイパーの執務室となっていた。

「ククク……。素晴らしい眺めですねぇ」

 ヴァイパーは紫色のスーツの襟を正し、監視カメラの映像を見下ろして喉を鳴らした。

「これだけの食品を扱いながら、保健所の検査は一発クリア。
 なぜなら、私が王国の『食品衛生法』の抜け穴……いえ、基準を完璧に満たすようマニュアル化したからです」

 彼の手元には、山のような許可証が積まれている。
 かつてのギルドは賄賂で見逃してもらっていたが、今の魔王マートは「完全合法」だ。

「役人どもが悔しそうな顔で許可証にハンコを押す姿……傑作でしたよ。
 『法』を守りながら、国の物流を支配する。
 クククッ……これだから『合法的な悪事』はやめられない」

 ヴァイパーは不気味に笑い、手元の聖法全書ホーリー・コードを愛おしそうに撫でた。
 彼は完全に、この新しい遊び場(職場)を楽しんでいた。

 ◇

 一方、魔王城の地下深く。
 地脈汚染浄化プラント。

 そこでは、相変わらずポテチを食いながらゲームに興じる二人の姿があった。

「おっしゃあ! レアアイテムゲット!」
「おいキョウヤ、こっちの画面見ろよ。また株価が上がってるぞ」

 元勇者アルヴィンが、コントローラーを片手に魔導端末をチェックする。
 彼の手元には、先日付与された「ストックオプション(未公開株)」があった。

「すげぇな……。上場益だけで、一生遊んで暮らせる額になってる」

「マジかよ。じゃあアルヴィン、ここ出ていくか?」

「……バカ言え」

 アルヴィンは鼻で笑い、新しいポテチの袋を開けた。

「外に出たら、また『元勇者』として世間の目に晒されるだろ?
 それに、ここで俺たちがゲームをしてるだけで、地上の『魔王マート』の電力が賄われてるんだ。
 これぞ、最強の社会貢献(ニート)だろ?」

「違げぇねぇ! 俺たちの『遊び』が世界を照らしてるんだもんな!」

 二人は顔を見合わせて爆笑し、再びゲームの世界へと没頭していった。
 地下のニート勇者が生み出すクリーンエネルギー。
 それこそが、今や世界の繁栄を支える心臓部だった。

 ◇

 魔王城、最上階。社長室。

 私は壁一面に設置された巨大な「遠隔魔導モニター」を見上げていた。
 そこには、王都の夜景がリアルタイムで映し出されている。

 王都の輝きは、以前よりも増している。その光の一つ一つが、魔王マートであり、勇-Shareのユーザーたちだ。

 背後の円卓では、幹部たちが祝杯を挙げていた。

「ガハハハ! 見ろクリフ! モニターの地図が真っ赤だぞ!」

 魔王ゼノン様が、世界地図上の支配領域(マーケットシェア)を指差して上機嫌に叫ぶ。
 地図上の国境線はもはや意味をなさない。
 物流網と金融網という「見えない血管」が、大陸全土を侵食している。

「ええ。これにて、作戦完了です」

 私は魔導計算機マジック・カリキュレーターを叩き、最終的な決算数字を弾き出した。

「時価総額15兆マナ。
 流通総額(GMV)にいたっては王国の国家予算を超え、王国の民の7割が我が社のサービスを利用しています。
 王国がどんな法律を作ろうとも、勇者がどんな剣を持とうとも、もはや我々のインフラなしでは一日も生活できません」

 私は眼鏡を直し、静かに告げた。

「──これを『征服』と呼ばずして、何と呼びますか?」

 アリスがプリンのスプーンを掲げた。
 ガントがジョッキをぶつける。
 ミナがウィンクをする。

 我々は、剣を交えることなく、血を流すこともなく、世界を掌中に収めたのだ。

「うむ! 見事だクリフよ!
 余は満足だ! これぞ魔王軍の新たな形よ!」

 ゼノン様が私の肩を叩き、豪快に笑った。
 だが、私はいつものように即座に返すことができなかった。

 ……見事、か。

 私は手元の計算機をそっと置き、眼鏡を外した。
 そして、円卓を囲む創業以来の仲間たちを見渡した。

「……いいえ、ゼノン様。それは違います」

「ん? 何が違うのだ?」

 私は静かに首を横に振った。

「私はただ、『計算』をしたに過ぎません。
 数字は、それ単体では何の意味も持たない。……そこに『価値』を与えたのは、ここにいる皆さんです」

 私は一人一人に視線を向けた。

「アリス。君の技術がなければ、あのアプリもシステムも生まれなかった。君は天才だ」

「えへへ……そ、そうかな?」

「ガント。君の現場統率力がなければ、店舗も物流も一日で崩壊していたでしょう」

「よせやい大将、照れるじゃねぇか」

「ミナさん。貴女の広報戦略が、世間の冷たい視線を熱狂に変えたのです」

「当然よ。……ま、あんたの脚本が良かったからだけどね」

 私は一呼吸置き、モニターに映る王都の輝きと、足元の地下深くに思いを馳せた。

「そして……今ここにはいない、陰で支えてくれている仲間たちもです。
 王都の最前線で法の盾となって戦うヴァイパーさん。
 地下深くでエネルギーを生み出し続けるアルヴィンさんたち。
 ……そして、世界中の現場で汗を流す、全ての社員たち」

 私は正面に座る主君を見上げた。

「最後に、ゼノン様。
 貴方が私のような人間に、『全権』を預けてくださったから……私は、思い切り腕を振るうことができました」

 私の声が、少しだけ震えた気がした。

「この15兆マナという数字は、私の実績ではありません。
 ここにいる皆さん、そして陰で支えてくれている全ての仲間の汗と、知恵と、信頼が結晶化した……『我々の絆の価格』です」

 一瞬の静寂。

 アリスが涙ぐんで鼻をすする音が聞こえた。
 ガントが目頭を押さえ、ミナがそっぽを向いて誤魔化している。

 私は再び眼鏡をかけ、照れ隠しのように微笑んだ。

「……ふっ。柄にもないことを言いましたね。
 忘れてください」

「わ、忘れるものかぁぁぁッ!!」

 ゼノン様が感極まって叫び、私に抱きつこうとしてきた。

「クリフゥゥ! 余はお前を信じてよかった!
 そうだ、これは我ら全員の勝利だ! うおおおおッ!」

「ちょ、暑苦しいですよゼノン様! 離れてください!」

 ドッと笑い声が弾ける。
 社長室は、勝利の美酒と、それ以上に温かい空気に包まれていた。

 ゼノン様が涙を拭う。その目を少年のように輝かせて叫んだ。

「よし! ならば祝勝会だ!
 約束通り、『全社員参加・超豪華慰安旅行』に行くぞ!」

「りょ、旅行ですか?」

「うむ! 行き先は人間界の南の大洋にある未開の島々……『リゾート・アイランド』だ!
 もちろん費用は全額会社持ち! 有給消化率100%を目指すぞ!」

「うおおおお! 社長、一生ついていきますッ!」

「水着買わなきゃー!」

 みんなの歓声が響き渡る。

 私は一瞬、眉をひそめた。
 ここ魔界から人間界の南洋までは、物理的にかなりの距離がある。数万人の社員を移動させるコストは馬鹿にならない。

 だが……手元の魔導計算機に表示された、莫大な「内部留保」の数字を見て、私はふっと口元を緩めた。

「……いいでしょう。予算は潤沢にあります。
 たまには『福利厚生』に投資して、社員のモチベーション(生産性)を上げるのも、CFOの仕事ですね」

 私はモニターに映る王都の光景に、グラスを掲げた。
 冷徹な財務責任者の顔ではない。
 仲間と共に歩む、一人の男の顔がそこにあった。

「剣を捨て、株を持て。
 魔王軍は、明日からもホワイトに世界を侵略し続けますよ」

 モニター越しに、王都の夜空へ上場記念の魔法花火が打ち上がるのが見えた。

 その光は、新しい時代の幕開けを告げるように、どこまでも高く、鮮やかに輝いていた。

(第3部 完)

[System Notification]|魔王軍・全体連絡チャット
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魔王ゼノン(CEO):
諸君! ご苦労であった!
これにて、我らが株式会社デーモン・ホールディングスの「世界征服(経済)」は完了である!
第3部完結、そしておよそ20万文字に及ぶ長き戦い……よくぞ駆け抜けた!

アリス(CTO):
おつかれー!
いやー、長かったね! 20万文字って言ったら、鈍器本レベルの厚さだよ?
ここまで付き合ってくれた読者のみんな、本当にありがとー!

ガント(警備部長):
へっ、俺もマンホール盾を磨き続けた甲斐があったぜ。
最初は「監査」だの「粉飾」だのわけわかんねぇことばかりだったが、最後はスカッとしたな!

ヴァイパー(CLO):
ええ。法と契約を武器に戦う……実に有意義な時間でした。
私の出番は一旦終わりのようですが、クリフさん、くれぐれも油断なさらないように、ククク……

ミナ(広報担当):
ヴァイパーさん怖い……
でも、読者の皆さんの応援があったから、私たちもここまで来れたんですよね。
本当にありがとうございました!

クリフ(CFO):
ふふっ、珍しく意見が合いますね。
……さて。これにて本編は「一旦完結」となります。
上場を果たし、ギルドを買収し、世界経済を掌握した今、我々の事業計画(メインストーリー)は達成されました。

魔王ゼノン(CEO):
む? 待てクリフよ。
約束はどうなった? 「リゾート・アイランド」への慰安旅行はどうするのだ!?
余はもう水着を買ったのだぞ!

アリス(CTO):
そうだよ! 私も海で遊びたい!
地下の二人も連れていってあげるんだから!

アルヴィン(地下ニート):
『あ、俺たちはパスで。
今いいとこなんだよ。リゾートとか行くと魔導回線弱そうだし』

キョウヤ(地下ニート):
『それな。涼しい地下でポテチ食いながらゲームするのが一番の贅沢っしょ。
……あ、でも読者のみんなには感謝してるぜ! 俺たちのニート生活を見守ってくれてありがとな!』

クリフ(CFO):
……やれやれ。二人とも地下から離れたら地脈発電はどうするんですか。
ゼノン様、ご安心を。
リゾート編などの後日談は、【番外編】として執筆・公開する予定です。
少し充電期間をいただきますが、彼らのバカンスの様子も楽しみにしていてください。

魔王ゼノン(CEO):
うむ! ならばよし!
読者諸君、少しの間待っていてくれ!

クリフ(CFO):
それでは、最後にお知らせです。
当作者は他にも多数の作品を手掛けております。
もし我々の物語を楽しんでいただけたなら、ぜひ他の作品もチェックして頂けたら幸いです。

全員:
「最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございます! また番外編でお会いしましょう!!」

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