第8話 潜入! 深夜のギルド支部長室 ~Sランクの盾役(タンク)は、通気口の中でも最強の防御力を誇ります~

深夜2時。王都、冒険者ギルド支部。

すべての明かりが消え、静寂に包まれたビルの裏口に、一台のワゴン車が停まっていた。

車内は、複数のモニターと機材で埋め尽くされている。

即席の移動司令室だ。

「――通信チェック。ガント、聞こえますか?」

私がインカムに向かって囁くと、ノイズ混じりの低い声が返ってきた。

『おう、感度良好だ。……しかしクリフ、この格好はどうにかならねえのか?』

モニターには、暗視カメラ越しの映像が映っている。

そこにいるのは、作業用つなぎを着て、モップを持った大男――我らが警備部長、ガントだ。

「完璧な変装カモフラージュですよ。『深夜の清掃業者』ほど、誰の記憶にも残らない存在はいませんから」

『へっ、違いねえ。……さて、行くぞ』

ガントが裏口の電子ロックにカードキーをかざす。

ピッ、と音がしてドアが開く。

これは事前にアリスが偽造したIDカードだ。

「アリス、サポートをお願いします。ルート上の監視カメラと魔導センサーを無力化してください」

「了解~。任せて、ボス」

隣でキーボードを叩くアリスは、眠気覚ましのグミを噛みながら、驚異的な速度でコードを打ち込んでいく。

[System Hack] |セキュリティ無力化SECURITY_BYPASS
―――――――――――――――――――
Target: 王都支部・夜間警備

▼ Seq_1: 監視カメラ

Accessing Feed… OK
Injecting Loop Data…
……… Complete.
Status: 【Looping (映像ループ中)】

▼ Seq_2: 魔導センサー

Detecting Mana… OK
Overwriting Sensitivity…
……… Complete.
Status: 【Sleep (一時停止)】

Result: 【Route Clear (侵入経路確保)】
―――――――――――――――――――

「はい、1階のクリアランス確保。……ザル警備だねぇ。魔王城の裏口のほうがよっぽど堅いよ」

「慢心している証拠ですね。ガント、進んでください」

建物内部。
ガントは巨体を小さく丸めながら、音もなく廊下を進んでいた。
さすがは元Sランク冒険者。重装備でなければ、足音ひとつ立てない。

『目標地点、最上階の支部長室前だ。……っと、待て』

ガントが足を止めた。
ドアの前には、赤い光を放つ結界魔法が張られている。

『魔法の鍵がかかってやがる。物理じゃ壊せねえぞ』

「想定内です。アリス」

「ん、わかってる。……解析開始クラッキング

アリスがモニターの一画面を拡大する。
複雑な幾何学模様の魔法陣が表示されるが、彼女はそれをパズルのように次々と分解していく。

「この結界の認証コード……【gaston_love_money_0915】だって。パスワードのセンス最悪」

カチャリ。
支部長室のドアロックが解除された。

『開いたぜ。……侵入する』

ガントが部屋に滑り込む。
昼間、私たちが訪れた成金趣味のオフィスだ。

ターゲットは、デスクの奥に隠された【隠し金庫】の扉。

『金庫発見。……おいおい、こいつは厄介だぞ』

ガントのカメラが金庫を映す。
それは魔導金属ミスリル製の最高級金庫で、表面には「物理接触認証」と「魔力波長認証」の二重ロックがかかっている。

「これは……遠隔ハッキングだけでは開きませんね。本人の指紋と魔力が必要です」

『どうする? 爆破するか?』

「いいえ、警報が鳴ります。……アリス、例のモノを」

「りょーかい」

アリスがエンターキーを叩く。
すると、ガントの持っている端末から、特殊な魔力波長が照射された。

「昼間の面会時、私がわざと石板を机に置いたのを覚えていますか? あの時、机に残っていた支部長の『残留魔力』と『指紋』をスキャンしておいたのです」

『……お前ら、準備よすぎだろ。怖っ』

ガントが呆れながら端末を金庫にかざす。

[Biometric Auth] |生体認証偽装SPOOFING
───────────────────
Target: ミスリル金庫 (Lv.MAX)

Loading Fingerprint…
……… Match (99%).
Loading Mana Wave…
……… Match (99%).

Status: 【Unlocked (解錠成功)】
───────────────────

ウィーンという音と共に、重厚な扉が開いた。

中には、大量の札束の山(魔封紙幣)。
そして、その奥に――一冊の黒い革表紙のノートがあった。

『あったぞ! これだろ?』

「ビンゴです。中身を確認してください」

ガントがノートをパラパラとめくる。
カメラ越しでもはっきりと見えた。

『ハニー・トラップ 50万』『裏金プール分 300万』……汚い数字の羅列が。

さらに、金庫の奥には小型の「録音魔石(ボイスレコーダー)」も転がっていた。

『こいつは?』

「おやおや。用心深い支部長のことだ、共犯者との会話を録音して、裏切られた時の保険にしていたのでしょう。……それも回収してください。決定的な証拠になります」

『了解。……っと、おい!』

ガントが急に身を伏せた。
モニターの端、廊下の曲がり角から、鋭い殺気が滲み出ている。

『見回りだ。……ただの警備員じゃねえぞ、こいつは』

「なんですって?」

『足音がしねえ。それに、魔力の質が違う。……ヴァイパーの野郎、念の為に手練れプロを配置してやがったか』

ドアの向こうから、一人の男が近づいてくる。
迷いのない動き。この部屋に誰かがいると勘付いている動きだ。

『チッ……やるしかねえか』

ガントがモップを構える。

「待ってください! 戦闘音を立てたら終わりです! その相手だと、一撃では……」

『安心しろ大将。……元Sランクの「盾役」を舐めるなよ?』

ガントがニヤリと笑い、自身の体を淡い光で包んだ。
それは防御スキルではなく、音と衝撃を消し去る特殊なオーラ。

『音も無く、痛みも無く、意識だけを刈り取る。――行くぞ』

ガチャ。
ドアが開いた。

「……誰だ」

暗殺者のような鋭い目つきの男が入ってきた、その瞬間。

「【無音要塞サイレント・フォートレス】――接触制圧」

ドッ……!

ガントの突き出したモップが、男の鳩尾(みぞおち)に突き刺さった。
だが、音はしない。

ガントの展開したオーラが、打撃音と衝撃波をすべて【吸収】し、男の体内だけにダメージを流し込んだのだ。

[Combat Log] |制圧戦闘SILENT_TAKEDOWN
───────────────────
Skill: 無音要塞 (Absorb Shock)

▼ 発生音量 (Noise Level)
[Normal] ▓▓▓▓▓▓▓▓ (80dB)
 ↓
[Skill ] ░ 【0dB / Silence】

▼ 対象HP (Enemy HP)
[Start] ▓▓▓▓▓▓▓▓ (100%)
 ↓
[End ] ░ 【1% (Stunned)】
───────────────────

男は悲鳴を上げる暇もなく、糸が切れたように崩れ落ちた。
床に倒れる音さえ、ガントの足がクッションとなって消されている。

『……制圧完了。朝まで起きねえよ』

「……素晴らしい。さすがは鉄壁のガントですね」

私は冷や汗を拭い、安堵の息を吐いた。
荒事になれば、私の監査プランは崩壊していた。彼が仲間で本当によかった。

『へっ、褒めても何も出ねえぞ。……撤収する』

一時間後。魔王城。

私たちは戦利品をデスクに並べ、勝利のコーヒー(アリスはホットミルク)を飲んでいた。

「やりましたね。これが【原本】です」

私は黒い帳簿に手を触れる。
ザラリとした紙の感触。

これこそが、私のスキル発動に必要な【物理的接触】だ。

「これさえあれば、もうヴァイパーの『異議あり』は通用しません」

私は録音魔石を再生してみる。
そこには、ガストン支部長とヴァイパーの、生々しい密談が記録されていた。

『――先生、この裏金処理、本当にバレないでしょうね?』
『ご安心を。私の法解釈があれば、黒も白になりますから……ククク』

「証拠は揃いました」

私は眼鏡を光らせ、ニヤリと笑った。

「さあ、明日のギルド総会が楽しみですね。……公開処刑プレゼンの準備を始めましょうか」

(続く)

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