第8話:ライバル企業『ネオ・レイディアント』の逆襲

 灰坂ソウジの活躍によって、『クリーン・ファンタジー社』が世界的な名声を得ていた頃。
 かつての最大手クラン『レイディアント』は、焦っていた。

「見ろ、この株価の大暴落を! これも全て、あの清掃員を追放したせいだ!」
「ええい、打開策はないのか! このままでは業界の笑い者だぞ!」

 株主総会で吊し上げられる経営陣。
 そこに、包帯だらけの男が足を引きずりながら現れた。
 元支部長、剣崎である。

「……ありますよ。起死回生の策が」

 彼は血走った目で笑った。
 ソウジへの逆恨みと、エリートとしての歪んだプライド。それだけが今の彼を動かしていた。

「私は怪しい……いや、有力な海外投資家から資金を調達しました。これを使って新会社『ネオ・レイディアント』を設立し、ソウジのやり方を『科学的』に模倣するのです!」

 彼が指を鳴らすと、会議室に無機質な駆動音が響いた。
 現れたのは、銀色に輝く人型ロボットの軍団。

「最新AI搭載、全自動清掃兵器『ジェノサイド・ブルーム』です! 感情も疲労もなく、24時間365日働き続ける完璧な掃除屋……これさえあれば、あんな薄汚いオッサンなど不要だ!」

 ***

 数日後。
 剣崎は、大々的な「復帰配信」を行っていた。
 場所は、千葉県のC級ダンジョン『湿地帯エリア』。

『みなさん! これからはロボットの時代です! 見てください、この統率された動きを!』

 画面には、数十体のロボットが一糸乱れぬ動きで進行する様子が映し出されている。
 今回のターゲットは、壁一面に張り付いた『増殖スライムカビ』だ。
 物理攻撃が効かず、放置すると無限に増える厄介な相手である。

「さあ行け! ソウジ如きには不可能な、完璧な駆除を見せてやるのだ!」

 剣崎の号令と共に、ロボットたちのAIがカビをスキャンする。

『ピピッ。対象ヲ解析……成分:水分ヲ多量ニ含有』
『判断:乾燥処理ヲ実行シマス』

 ロボットたちの腕が変形し、巨大なドライヤー(温風放射器)が現れた。
 
「なるほど! 湿気を好むカビを乾燥させて殺すわけか! さすがAI、合理的だ!」

 剣崎は勝ち誇った。
 ゴーッ! という音と共に、高熱の温風がカビに浴びせられる。
 表面の水分が飛び、カビがカサカサに乾いていく。

「ははは! 見ろ、一瞬で干からびていくぞ! 勝った! 完全勝利だ!」

 しかし。
 彼は知らなかった。
 カビという生物が、生命の危機(乾燥)を感じた時、種の保存のために何をするかを。

 ボンッ!!!

 乾いたカビの表面が爆ぜた。
 次の瞬間、視界を埋め尽くすほどの猛烈な「粉塵」が噴き出したのだ。

「えっ? な、なんだこの煙は!?」
『警告。警告。胞子ノ爆発的拡散ヲ確認』

 それは、死に物狂いで放たれた濃縮胞子爆弾だった。
 温風に乗って拡散した胞子は、湿地帯の水分を吸って瞬く間に発芽。
 ロボットの関節、カメラのレンズ、そして剣崎の防護服――あらゆる場所に付着し、秒速で増殖を始めた。

「うわあああ!? なんだこれ、取れない! 増える! 中に入ってくるぅぅぅ!」
『エラー。視界不良。動作不能』

 ロボットたちがカビの塊となって次々と倒れていく。
 剣崎もまた、緑色のカビに全身を覆われ、生きたまま苗床にされようとしていた。

『うわああああああ!』
『パンデミック発生www』
『バカだ! カビに温風当てたら胞子が舞うに決まってんだろ!』
『お風呂掃除の常識も知らないのかよ!』
『誰か! 誰か助けてくれぇぇぇ!』

 剣崎がカメラに向かって絶叫し、画面が緑色に染まりかけた、その時。

「うわ、くっさ。なんだこのカビ臭さは」

 能天気な声と共に、シューーッという爽快な噴射音が響いた。

 ***

 通りすがりの灰坂ソウジは、鼻をつまんでいた。
 近くの現場からの帰り道、いつもの帰り道(ダンジョン内)が、ひどい悪臭に包まれていたからだ。

 彼のゴーグルには、真っ赤な警告が表示されている。

【警告:空気中のカビ胞子濃度が危険域です】
【原因:不適切な乾燥作業による拡散】
【推奨:次亜塩素酸ナトリウムによる空間除菌】

「ったく、どこの素人だ? カビは乾燥させたら胞子が飛ぶって、家庭科で習わなかったのか?」

 ソウジの視界には、緑色のモジャモジャした塊(剣崎とロボット)が映っていたが、彼はそれを「カビが繁殖した粗大ゴミ」としか認識していなかった。

「とりあえず、これ以上広がる前に殺菌するか」

 ソウジは背中のタンクに圧力をかけ、業務用の噴霧ノズルを構えた。
 中に入っているのは、彼が独自調合した『スライムキラー・ミスト(カビ取り用)』だ。

「消毒開始!」

 プシュァァァァァァァァァ!!

 高濃度の消毒ミストが、白煙のように空間を制圧していく。
 塩素の刺激臭と共に、空気中の胞子が次々と死滅し、地面に落ちていく。

 そして、そのミストは当然、カビまみれの剣崎にも直撃した。

「ぐあああああああ!? 目が、目がぁぁぁぁ!!」

 剣崎がのたうち回る。
 カビは死滅してポロポロと剥がれ落ちていくが、同時に生身の人間にはキツすぎる塩素の刺激が彼を襲う。

「ん? なんか大きなゴミが動いてるな」

 ソウジは首を傾げた。
 ゴーグルには【対象:しつこい黒カビ】【推奨:浸け置き洗い】と表示されている。

「まあいいや。念入りにかけておこう」
「やめろぉぉ! 俺だ、剣崎だ! 助けてくれぇぇ……ぶべらっ!?」

 ソウジは無慈悲に、剣崎の口の中めがけて消毒液を噴射した。
 カビごと消毒された剣崎は、白目を剥いてその場に崩れ落ちた(※気絶しただけで、命に別状はありません。たぶん)。

【タスク完了:空間除菌に成功】
【空気清浄度:クリア】

「ふぅ。これで空気も美味しくなったな」

 ソウジはマスクを外し、深呼吸した。
 周囲には、カビが落ちてピカピカになったロボットの残骸と、同じくピカピカに消毒された泡だらけの剣崎が転がっている。

『またお前かwww』
『通りすがりの英雄(清掃員)』
『剣崎、カビごと消毒されてて草』
『「ぶべらっ」って言ったぞ今』
『これぞプロの仕事。なお、元上司への配慮はゼロの模様』

 ソウジは倒れている剣崎に気づく様子もなく、「粗大ゴミの回収は管轄外だな」とつぶやいて、その場を立ち去った。

 後に残されたのは、
 最新鋭のAIが「ただの洗剤」に敗北したという事実と、
 全身からプールの臭いを漂わせる哀れな男の姿だけだった。

(続く)

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