第9話 逆転の証人喚問 ~貴方の弁護は完璧でしたが、スポンサー(株主)は納得していないようです~

 翌日。冒険者ギルド本部、大会議場。

 年に一度開かれる「ギルド総会」。
 そこには、ギルドに出資している大貴族や王国の財務官僚たち――いわば、この組織の「株主(オーナー)」たちが集まっていた。

 壇上には、ふんぞり返るガストン支部長と、その横で涼しい顔をしている顧問弁護士ヴァイパー。

「――以上が、当支部の決算報告です。すべて適正に処理されており、一点の曇りもありません」

 ヴァイパーが流暢にプレゼンを終えると、会場からはパラパラと拍手が起こった。
 完璧な書類。完璧な弁明。法的な不備は一つもない。
 昨日の監査を退けた彼らは、勝ち誇った顔で私を見下ろしている。

 私は客席の最前列で、静かに手を挙げた。

「異議あり。……その決算報告には、重大な虚偽(粉飾)が含まれています」

 会場がざわめく。
 ガストンが鼻で笑った。

「また君か、クリフ君。しつこいねぇ。昨日の監査で『異常なし』と出たはずだが?」

「ええ。ですが今日は、新たな【証拠】をお持ちしました」

 私は鞄から、一冊の薄汚れた黒いノートを取り出した。
 昨夜、ガントが命がけで回収した「裏帳簿の原本」だ。

「これは貴方の金庫にあった『真実の帳簿』です。ここには、キャバクラへの支出や、裏金のプール額が詳細に記されています」

 ガストンの顔色が青ざめる。
 だが、ヴァイパーは動じない。彼は手元の聖法全書ホーリー・コードを開き、冷徹に告げた。

「【異議ありオブジェクション】。……議長、その証拠は採用できません」

 ヴァイパーの声が、法廷のような厳粛さで響き渡る。

「その帳簿は、昨夜当ビルから盗み出されたものです。ギルド法第99条、『違法に収集された証拠は、法廷において証拠能力を持たない(毒樹の果実)』。……よって、そのノートは法的にはただのゴミです」

「なっ……!」

 会場の貴族たちが、「盗品か?」「なら無効だな」「法的にはアウトか」と頷き始める。

 やはり、彼は優秀だ。
 「法律」という土俵で戦う限り、手続きの瑕疵(かし)を突かれれば勝ち目はない。

 ヴァイパーがニヤリと笑った。

「残念でしたね。正義の味方ごっこは終わりです。……警備員、彼を『窃盗罪』でつまみ出しなさい」

 警備員たちが私に向かってくる。
 ガントが前に出ようとするが、私はそれを手で制した。

「……ふっ」

 私は眼鏡を直し、小さく笑った。

「笑うな! 何がおかしい!」

「いえ。……ヴァイパーさん、貴方は優秀な法律家だ。ですが、一つ勘違いをしている」

 私は黒いノートを、ポンと放り投げた。

「貴方はまだ、ここを『法廷』という閉じた箱の中だと思っているようですね」

「……何?」

「ヴァイパーさん。それは『刑事訴訟』の話でしょう? ここは『株主総会』です。 疑わしい取締役に任期満了まで給料を払い続ける義務など、株主にはないんですよ」

 私は振り返り、会場に並ぶ貴族(出資者)たちを見渡した。

「ここにいるのは裁判官ではない。このギルドという巨大な『経済圏』のオーナーたちだ。……彼らにとって、貴方の高度な法解釈など、自分の資産を食い潰す害虫の羽音にしか聞こえませんよ?」

「なっ……貴様、何を……!」

「法的に証拠能力があるかどうかなど、どうでもいいのです。重要なのは、出資者たちが【事実】を知ってどう思うか。……ただそれだけだ」

 私はポケットから、もう一つの証拠――【録音魔石】を取り出し、魔力を込めた。
 最大音量での再生。

[Audio Playback] 音声再生ログVOICE_LOG
―――――――――――――――――――
Speaker: Gaston & Viper
Status: Playing (Max Volume)

『――先生、この裏金処理、本当にバレないでしょうね?』
『ご安心を。私の法解釈があれば、黒も白になりますから……ククク』
『ガハハ! チョロいもんだ、貴族どもの金で飲む酒は最高だなぁ!』
―――――――――――――――――――

 ガストンとヴァイパーの、出資者を愚弄する醜悪な笑い声が会場中に響き渡る。

「お聞きいただいた通りです。
 そして、この帳簿の数字を見てください。彼らがキャバクラに使った金は、皆様への『配当金』の原資から出ています。つまり、皆様は彼らの遊び代を支払うために出資したことになる。配当利回りは実質マイナスです」

 静寂。
 空気が凍りつく。

 そして次の瞬間――爆発的な怒号が巻き起こった。

「ふざけるなあああ!!」
「我々の金を何だと思っている!!」
「チョロいだと!? 貴様ら、タダで済むと思うなよ!!」

 貴族たちが顔を真っ赤にして立ち上がる。
 法の手続きなど関係ない。自分たちの財布(資本)がコケにされたという「事実」。
 それが、彼らの逆鱗に触れたのだ。

「ば、バカな……! やめろ、静粛に! これは法的には無効な証拠で……!」

 ガストンがわめき散らすが、もう誰も聞く耳を持たない。
 ヴァイパーも表情を歪め、後ずさりする。

「貴様……! 『法』の番人を敵に回して、タダで済むと……!」

「おや、まだ状況が読めませんか? 『法』よりも上位にあるもの……それが『資本の論理』です」

 私はゆっくりと壇上に上がり、演台に置かれた「黒いノート(原本)」に手を置いた。

 ――接触タッチ
 物理的な証拠への接続完了。

 私の魔導計算杖カリキュレーターが、会場中の怒れる貴族たちの「同意」を吸い上げ、赤く輝き始める。

「【即時監査(リアルタイム・オーディット)】――承認率(Approval Rate)測定開始」

[System Log] ステークホルダー承認率APPROVAL_RATE
―――――――――――――――――――
対象: ギルド出資者(株主)
感情ステータス: 【激怒 (Furious)】
強制執行への同意: 100%

Audit Power Boosted to MAX.

―――――――――――――――――――

「承認率100%。……『法』による保護権限、強制剥奪!」

「させるかぁぁぁッ!! 【異議ありオブジェクション】!!」

 ガギィィィン!!

 激しい金属音が響いた。
 私が展開しようとした監査の光に、ヴァイパーの聖法全書ホーリー・コードから放たれたドス黒い紫色の鎖が絡みつく。

「私の『法』は絶対だ! いかなる執行も、私の解釈の前では無効化される!」

 紫の鎖が、私の光を締め上げ、砕こうとする。
 強い。腐ってもギルド本部の顧問弁護士。その魔力量と「法の概念」は強固だ。

「くっ……!」

「無駄ですよクリフさん! 概念的な『監査』など、私の『法』で上書きして――」

「いいえ。思い上がりですね、ヴァイパー」

 私は彼を真っ向から見据え、静かに、しかし冷徹に告げた。

「貴方は法が絶対だと言った。……だが、その『法』を作っているのは誰だと思っている?」

「な、なに……?」

「法律とは、空から降ってくるものではない。ここにいる彼ら――力ある者たちが、自分たちの利益を守るために作るルールに過ぎない」

 私は演台の上の「黒いノート」に、魔力を注ぎ込む。

「貴方の武器である『法』を作るのは、結局は『経済(損得勘定)』なのですよ」

 ズゥゥゥゥン!!

 私の言葉と共に、ノートから強烈な「重力」が発生した。  それは、記載された不正金額の「重み」そのもの。  

そして、会場を埋め尽くす株主たちの「怒りの質量」。

 机上の空論であるヴァイパーの「法解釈」とは違う、圧倒的な実体経済(リアル・エコノミー)の暴力。

[Conflict Log] 監査権限争奪戦AUDIT_WAR
―――――――――――――――――――
▼ クリフ:資本の論理(Logic of Capital)
[Weight ] ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓ ▓▓▓▓▓
【Critical Mass: 巨大な怒り】

  VS

▼ ヴァイパー:法解釈(Legal Logic)
[Strength] ▓▓
【Concept: 紙の盾】

Result: 【Logic Breached (法解釈の論理破綻)】
―――――――――――――――――――

 バキバキバキィッ!!

 紫色の鎖が、物理的な重みに耐えきれず、粉々に砕け散った。

「なっ……私の法律が……物理マテリアルに負けた……だと!?」

「終わりです、ヴァイパー!!」

[System Execution] 強制執行ログASSET_SEIZURE
―――――――――――――――――――
対象: ガストン & ヴァイパー
罪状: 特別背任(株主への裏切り)

▼ 執行プロセス

  1. 隠し口座凍結 … Complete
  2. 横領額徴収 … 80,000,000 Mana Recovered
  3. 付与デバフ: 【重量税 (Heavy Tax)】

Result: 【All Assets Seized (破産)】
―――――――――――――――――――

「ぎゃああああ! 俺の金があああ!」
「ぐっ……私の魔力が……吸い取られる……!?」

 二人の体から、黄金の光(マナ)が抜け出ていく。
 それは物理的な「重み」となって、彼らを地面に縫い止めた。
 これが【重量税】。彼らが溜め込んだ金の重さが、そのまま彼らを押し潰す枷となる。

「貴方たちが奪った金は、すべてこの場の出資者(ギルド)へ返還されます」

 私は動けなくなったヴァイパーを見下ろした。
 彼は地面に這いつくばりながらも、その爬虫類のような瞳だけは、まだ死んでいなかった。

「……ククク。見事です、クリフさん。今回は貴方の勝ちだ」

 憲兵隊が突入し、彼に手錠をかける。
 ヴァイパーは連行されながら、私の方を振り返り、不敵に笑った。

「ですが、覚えておきなさい。法がある限り、私はまた戻ってくる。……司法取引リ・ブローカーという便利な裏技を使ってね」

「……その時は、また監査して差し上げますよ。何度でも」

 私は遠ざかる背中に、静かに告げた。

 ◇

 会場からは割れんばかりの拍手が送られる。
 その様子を、会場の隅で見ていたアリスとガントが駆け寄ってくる。

「やったねクリフ! あの弁護士、ぐうの音も出なかったじゃん!」
「へっ、あいつらの青ざめた顔、傑作だったぜ」

「ええ。これで一件落着です」

 私は眼鏡を外し、大きく息を吐いた。
 これで、ギルドの腐敗は一掃された。
 私の平穏な「定時退社ライフ」も戻ってくるだろう。

 ――そう思っていた。

 だが、その時。
 突如として、会場の空間が歪み、漆黒のゲートが開いた。

 そこから現れたのは、圧倒的な覇気を纏った、長身の男。
 魔王軍のトップにして、この世界の半分を統べる者。

「……パパ!?」

 アリスが素っ頓狂な声を上げる。

「よくやった、我が軍の精鋭たちよ」

 魔王は私の目の前に立ち、重厚な声で告げた。

「噂の凄腕会計士とは君か。……どうだ、我が軍の『世界征服計画書(予算案)』も、その目で監査してくれんか?」

「……はい?」

 どうやら、私の仕事は、まだ終わらないらしい。

(続く)

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