第10話:地球大掃除

「おーい、社長! 持ってきましたよー!」

 成層圏まで伸びたオリハルコンの足場を、秘書のコアちゃんがものすごいスピードで駆け上がってきた。
 彼女が抱えているのは、手のひらサイズの小さな白い立方体だ。

「ありがとう。……よし、やるか」

 灰坂ソウジはそれを受け取ると、眼前の「巨大なシミ(次元の裂け目)」に向けて放り投げた。
 
「展開(デプロイ)!」

 瞬間。
 小さな立方体が幾何学的に展開し、巨大な機械へと変貌する。
 それは、どう見ても――白物家電の王様、全自動洗濯機だった。
 ただし、サイズは東京ドームくらいある。

 これは以前、古代遺跡のランドリールーム(?)で発掘した謎のオーパーツ『全全自動洗濯機(ワールド・ウォッシャー)』だ。

『デカすぎんだろwww』
『空に洗濯機が浮いてる……』
『メーカーどこだよ』
『これ、地球を洗うつもりか!?』

 世界中の視聴者が絶句する中、ソウジは洗濯機の操作パネル(空中にホログラムで表示されている)を慣れた手つきで操作した。

「えーっと、汚れが酷いから『パワフルコース』で。水量は『最大』。洗剤は……」

 彼は腰のホルスターから、愛用の『スライムキラー(業務用)』を取り出し、洗剤投入口にドボドボと注ぎ込んだ。

「よし、スイッチオン」

 ピッ。

 ゴウン、ゴウン、ゴウン……。

 重低音が響き渡り、空に浮かぶ巨大洗濯槽が回転を始めた。
 同時に、大気中の水分が凝縮され、猛烈な勢いで「注水」が始まる。

「愚かな……我を水ごときで……グオォォォ!?」

 次元の裂け目から漏れ出ていた邪神の意志が、水流に巻き込まれて悲鳴を上げる。
 渦巻く水流は、瞬く間に白い泡を作り出し、東京の空――いや、地球全体の空を覆い尽くしていく。

「あー、ちょっと洗剤入れすぎたかな。泡立ちすぎた」

 ソウジは頭をかいた。
 地上では、人々が空を見上げて呆然としていた。
 見渡す限りの空が、キラキラと輝く虹色の泡に包まれているのだ。
 それは幻想的で、どこか懐かしい石鹸の香りがした。

『洗い』工程が終了しました。『すすぎ』に移行します。

 無機質なアナウンスと共に、汚れた泡(瘴気を吸着したもの)が排水され、新たな清流が注がれる。
 黒く変色していた次元の裂け目が、見る見るうちに透明になっていく。

「よしよし、落ちてきたな。やっぱ頑固な汚れには『つけ置き洗い』に限る」

 ソウジは満足げに頷いた。
 そして、最後の仕上げだ。

「脱水!」

 ヒュオオオオオオオオオオ!!
 猛烈な遠心力が発生し、空の水分と汚れが一気に弾き飛ばされる。
 雲が晴れ、瘴気が消え、次元の裂け目すらも「シワひとつない状態」に引き伸ばされて修復されていく。

 ピーッ、ピーッ、ピーッ♪(軽快な終了メロディ)

 洗濯機が停止し、元の手のひらサイズに戻ってソウジの手元に収まった。
 
 そこには――
 一点の曇りもない、突き抜けるような青空が広がっていた。

「ふぅ。綺麗になったな」

 ソウジは額の汗を拭った。
 ゴーグルの解析ウィンドウには、緑色の文字が輝いている。

【タスク完了:地球の大掃除】
【評価:S+(新品同様)】

『地球が……ピカピカになった……』
『空気うまっ! なんだこれ!』
『ウイルスもPM2.5も全部消えてるぞ!』
『明日のお天気:全地球的に快晴、所により柔軟剤の香りがするでしょう』
『ソウジ社長おおおおおおおおお!!』

 世界中から湧き上がる歓喜の声。
 しかし、当の英雄は「あー、腰が痛い」と背伸びをして、早々に片付けを始めていた。

「さて、帰るか。今日は定時で上がって、ビールでも飲むかな」

 ***

 それから数日後。

 世界を救った『株式会社クリーン・ファンタジー』は、国連から「地球環境美化大使」に任命されていたが、ソウジは「面倒くさい」の一言で授与式を欠席していた。

 オフィスの風景は、相変わらずだ。

「師匠! 見てください、床を鏡面仕上げにしましたわ!」
「甘いですねセシリアさん。窓のサッシにホコリが残ってますよ。やり直し!」

 聖女セシリアが雑巾がけをし、秘書のコアちゃんがそれを厳しくチェックしている。
 そして、オフィスの隅では――

「くそっ、なんで元支部長の俺がゴミの分別係なんだ……! おい、これ燃えるゴミか!?」
「剣崎くん、それは資源ゴミだって言ったでしょ。減給するよ?」
「ひぃっ! すみません社長! すぐやり直します!」

 元ライバルの剣崎は、下っ端バイトとして雇われていた。
 文句を言いながらも、彼の手際は以前より格段に良くなっている。

 そんな平和な日常の中、ソウジのデスクにある電話が鳴った。

「はい、クリーン・ファンタジーです。……え?」

 ソウジは受話器を耳に当てたまま、眉をひそめた。

「NASA? ……はぁ。『月面基地の窓が砂埃で見えないから、ちょっと拭きに来てくれ』?」

 彼は窓の外を見上げた。
 昼間の空に、うっすらと白い月が浮かんでいる。
 ゴーグルが自動的にズームし、月面の汚れを解析する。

【新着タスク:月面清掃】
【難易度:SS(宇宙規模)】
【推奨装備:宇宙用モップ】

「やれやれ。どこまで行っても、掃除する場所はなくならないな」

 ソウジは苦笑し、しかし楽しげに帽子を被り直した。
 受話器の向こうのクライアントに、不敵な笑みで告げる。

「了解。――出張費、高くつきますよ?」

 彼は仲間たちに「行くぞ!」と声をかけ、オフィスを飛び出した。
 世界で一番――いや、宇宙で一番きれい好きな男の、新たな現場が待っているのだから。

【第2部 完】

 ***

−あとがき−

読者のみなさん、こんにちは。
株式会社クリーン・ファンタジー代表の灰坂ソウジです。

当社の業務日報……もとい、物語を最後までご覧いただき、誠にありがとうございました。
なにやらニュースでは「世界を救った」とか「地球を丸洗いした」とか騒がれていますが、少し大げさですね。

あれは単なる「天井のクロスのシミ抜き」です。
誰かが上階でコーヒーか何かをこぼして、それが染み出してきていただけでしょう。
範囲が広かったので洗濯機を使いましたが、基本はただの「つけ置き洗い」です。

あ、それと。
作業中に大量の泡を降らせてしまい、申し訳ありませんでした。
洗剤の分量をちょっと間違えまして……。
一応、環境に優しい成分ですし、柔軟剤も入れておいたので、洗濯物はフワフワになっているはずです。クレームはご容赦ください。

さて、弊社の近況ですが。
新入りのセシリアくん(インターン)は、窓拭きのスジがいいですね。
「聖なる光!」とか叫びながら拭くのは眩しいのでやめてほしいですが、ピカピカになるので助かっています。

あと、バイトで雇った剣崎くん。
最初は「燃えるゴミ」と「プラゴミ」の区別もつきませんでしたが、最近はマニュアルを見なくても分別できるようになりました。
彼もようやく、エリート意識という「頑固な汚れ」が落ちてきたようです。

最後になりますが、ひとつ営業のお願いを。
もし、今回の弊社の清掃作業(物語)を見て、
「綺麗になった!」
「スカッとした!」
「うちの星も洗ってくれ!」
と思っていただけましたら、今後も応援していただけると嬉しいです。

皆さんの応援が、次の現場(月面)への燃料代になります。
NASAからの依頼、出張費は出るんですが、ロケット代がバカにならなくて……。

それでは、ちょっと宇宙(そら)まで行ってきます。
月のウサギが散らかした餅の粉でも拭いてきますよ。

皆さんの明日が、一点の曇りもない快晴でありますように。

株式会社クリーン・ファンタジー
代表取締役社長 灰坂ソウジ

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