第78話 地下プラントからのクレーム ~お土産の「VR南の島デバイス」で、ニート勇者たちも大満足~

カジノで一文無しになった貴族たちが、蒼白な顔で豪華客船に乗り込み、逃げるように王都へと帰っていった翌朝。
島には再び、完璧な静寂が戻ってきた。

波のプール責任者であるクラーケンが作り出す、メトロノームのように正確な潮騒。
心地よい海風。
私はデッキチェアに深く身を沈め、今度こそ、本当に誰にも邪魔されない至福の読書タイムを満喫していた。

ビーッ!ビーッ!ビーッ!

突如、私の傍らに置かれた緊急用の魔導通信機が、けたたましい警告音を鳴らし始めた。

……。
私は本を閉じ、ゆっくりと空を仰いだ。
なぜ、私が本を開くたびに何かが起きるのでしょうか。この島には私を休ませない呪いでもかかっているのですか。

「クリフ!大変だよ、魔王城から緊急通信!」

アリスが水着姿のまま、慌てた様子で駆け寄ってきた。
魔王城の地下プラントの出力が、急激に低下してる!このままだと、魔界のメインサーバーが落ちちゃう!

「出力低下?」

私は通信機のホログラムモニターを起動した。
画面に映し出されたのは、魔王城の最下層。地脈汚染浄化プラントの光景だ。

そこにいるはずの「生体フィルター」こと転生者キョウヤと、監視役のアルヴィンの姿が見える。
だが、彼らはいつものようにポテチを食べてゲームに熱中しているわけではなかった。
二人はコントローラーを床に投げ出し、画面に向かって猛烈な抗議の声を上げていた。

『おいクリフ!ふざけんなよ!』
キョウヤが画面越しに唾を飛ばす勢いで怒鳴り込んでくる。

『ミナのSNS見たぞ!お前ら、南の島でめちゃくちゃバカンス満喫してんじゃねーか!俺たちを薄暗い地下に置き去りにして、自分たちだけずるいぞ!』

『そうだそうだ!俺だって青い海と白い砂浜ではしゃぎたい!水着のお姉さんを見たい!』

元Sランク勇者のアルヴィンまで、子供のように地団駄を踏んでいる。

私はこめかみを揉んだ。

「涼しい地下でポテチ食いながらゲームするのが一番、とか言っていたのはあなた達でしょうに……」

彼らの『聖なるオーラ』は、彼ら自身の精神状態に直結している。
自分たちだけが地下で留守番をさせられ、地上組が南国リゾートで豪遊しているという事実が、彼らの強烈な嫉妬心と不満を煽り、オーラを著しく濁らせてしまったのだ。

その結果、瘴気の浄化効率が落ち、魔王城の電力が低下しているというわけか。

「キョウヤさん、アルヴィンさん。落ち着いてください。」

私は冷徹に事実を告げた。

「あなたたちは魔王軍の心臓部です。あなたたちは地下を離れれば、魔王城の機能が停止します。物理的に海へ連れて行くことは不可能です。」

『うるせー!ブラック企業!俺たちにも海を見せろ!じゃなきゃもう仕事(ゲーム)しねぇぞ!』

キョウヤが床に寝転がってストライキを宣言する。

このままではマズい。彼らのモチベーション低下は、我が社のインフラ崩壊を意味する。
だが、私は有給休暇中だ。彼らを宥めるために、わざわざ魔王城へ戻るなど絶対にあり得ない。
私は魔導計算機を弾き、数秒で最適な解決策を導き出した。

「アリス。魔王城の第3開発室にあるプロトタイプ、『没入型視覚投影機(VRデバイス)』のロックを解除し、彼らの部屋に転送してください」

「あ、あれ使うの?まだテスト中だけど……」

「構いません。それと、新作の『南国リゾート恋愛シミュレーション・完全版(水着DLC全部入り)』のソフトも一緒に」

アリスが端末を操作すると、画面の向こうの地下室に、ゴーグル型の魔導デバイスと、きらびやかなパッケージのゲームソフトが転送された。

『なんだこれ?』

キョウヤが怪訝そうにゴーグルを手に取る。

「お土産です」

私はモニター越しに、最高の営業スマイルを作った。

「海に行けないあなたたちのために、特別ボーナスをご用意しました。それを装着すれば、視覚・聴覚・触覚のすべてが南国のビーチにリンクします。しかもそのソフトは、まだ市場に出回っていない超プレミアム版。現実の海よりも遥かに理想的な、二次元の極上リゾートがあなたたちを待っていますよ」

『……マジか』

キョウヤとアルヴィンは顔を見合わせ、光の速さでゴーグルを装着し、ゲームを起動した。

『うおおおお!すげぇ!海だ!青い空だ!』

『ヒロインの水着イベント発生キター!しかも全キャラ好感度MAXスタートだと!?』

ピコン、ピコン、という電子音と共に、二人の口元がだらしなく緩んでいく。
モニターに表示されたプラントの出力計が、跳ね上がるように上昇を始めた。

「クリフ、すごい!地下の瘴気浄化率が120%を超えたよ!かつてないクリーンエネルギーが生産されてる!」

アリスが歓喜の声を上げる。

「当然です。現実の海は日焼けもするし、砂で汚れるし、虫もいます。インドア派のニート勇者にとっては、冷房の効いた部屋で体験する『完璧に調整された仮想現実の海』こそが、最もドーパミンを分泌させる至高のバカンスなのですから。」

私は出力が完全に安定したのを確認し、通信機の電源を切った。

ストライキの鎮圧コストは、開発中のデバイスとゲームソフト一本のみ。
完璧な費用対効果だ。

私は再びアイマスクを装着し、デッキチェアに寝そべった。

今度こそ。今度こそ、何も起きないはずだ。
私は深く深呼吸をし、波の音に意識を委ねた。

「クリフー!暇だー!遊んでくれー!」

……。
私の有給休暇は、まだまだ試練が続くらしい。

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地下の不満を完璧に処理したクリフ。しかし、最大のノイズは最も身近なところにいた。
「何もしないのは飽きた!余に仕事を与えよ!」
生粋の労働厨である魔王ゼノンが、バカンスに耐えきれず暴走を始める。
クリフは彼を黙らせるため、恐るべき役職をCEOに与える。

次回、第79話『魔王ゼノンの有給消化』
何もしないのが苦痛な魔王様には、トップセールスのお仕事を。

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