株式会社デーモン・ホールディングス、設立記念・第一回合同会社説明会。
魔王城の前広場には、再就職を夢見るモンスターたちで長蛇の列ができていた。
「すごい数だな……。これも魔界の不景気のせいか」
警備担当のガントが、整列用のロープを張りながら額の汗を拭う。
その横で、私は手元のカウンターをカチカチと鳴らしていた。
「現在、来場者数3000名。採用予定は10名ですから、倍率は300倍ですね」
「お、鬼かよ! もっと雇ってやれよ!」
「無理です。人件費は固定費の最大要因。……我々が求めているのは、単なる頭数ではなく、即戦力となる『Sランク人材』のみです」
私がそう答えた、その時だった。
ズズズ……ッ!
地響きとともに、空が暗転する。
説明会場の上空に、巨大な影が差した。
燃え盛る翼、鋼鉄よりも硬い真紅の鱗。
魔界最強の生物――『古の火竜(エンシェント・ドラゴン)』、ヴォルカノスだ。
『グルルルゥ……。騒々しいぞ、下等生物ども』
ドラゴンの咆哮だけで、並んでいたゴブリンたちが泡を吹いて気絶する。
魔王ゼノンが慌てて飛び出してきた。
「ヴォ、ヴォルカノス殿! これは手荒い歓迎だな! 今日は何の用だ?」
『ふん、ゼノンか。……最近、貴様の城から美味そうな「金の匂い」がすると聞いてな。500億マナ持っているそうじゃないか。それを寄越せ。さもなくば城ごと焼き払う』
問答無用の脅迫。
だが、私は冷静に眼鏡の位置を直すと、一歩前に出た。
「お待ちください、ヴォルカノス様」
『あぁ? 誰だ貴様は。吹けば飛ぶような小物が……』
「当社CFOのクリフと申します。……500億マナ、差し上げるのは構いませんが、貴方はその大量の金貨を『どこ』に置くおつもりですか?」
『あ? そんなもの、俺様の巣(洞窟)に決まっているだろう。山のように積んで、その上で寝るのがドラゴンの嗜みだ』
ドラゴンは鼻を鳴らす。
私はすかさず、アリスに合図を送った。
空中に巨大なグラフが投影される。
「ヴォルカノス様。……大変申し上げにくいのですが、貴方のその資産管理方法は、現代経済において《最悪の愚策》です」
『……なんだと?』
「まず、金貨の山の上で寝るのは、腰痛の原因になります。そして何より――」
私はグラフの下降線を指差した。
[聖暦1010年~1026年] 金貨購買力推移
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▼ 金貨1枚の価値
[15年前] ■■■■■■■■■■ (牛1頭)
↓
[現在 ] ■■■■■□□□□□ (牛半頭)
Result: 【インフレにより資産価値半減】
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「ご存知でしたか? 人間界の乱獲により牛の価格が高騰し、相対的に金貨の価値は下がり続けています。つまり、貴方が洞窟で寝ている間に、貴方の財産は実質的に《半分》になっているのです」
『な、なにぃぃぃ!? 俺の財宝が……減っているだと!?』
ヴォルカノスが動揺する。
物理的には減っていなくても、経済的には減っている。この事実は、長命で溜め込み癖のあるドラゴンにとって最大の恐怖だ。
「そこで、提案があります」
私は懐から、一枚の輝く証書を取り出した。
「その500億マナ相当の労働力を、当社に提供(投資)していただけませんか? 対価として、金貨ではなく《当社の株式(ストックオプション)》をお支払いします」
『か、かぶしき?』
「はい。成長著しい当社の株です。これは金貨と違い、会社が成長すればするほど価値が上がります。……現在の成長率なら、10年後には資産価値が3倍になるでしょう」
『さ、3倍……! 寝ているだけで3倍か!?』
ドラゴンの目が、金貨よりも輝く。
「さらに、社外取締役として入社していただければ、福利厚生として『マグマ源泉かけ流し・専用巨大温室』をご用意します。もう、硬い金貨の上で寝て腰を痛める必要はありません」
『マグマ……! それに、腰痛対策……!』
ヴォルカノスの巨大な頭が、ぐらりと揺れた。
快適な老後。資産の増大。
それは、ただの略奪では決して手に入らないものだ。
「ど、どうしますか……? もしお嫌なら、他所のドラゴンに声をかけますが……」
『ま、待て! 契約する! その「すっとくおぷしょん」とやらを寄越せ!』
ズシンッ!
ドラゴンが前足で、差し出された巨大な契約書に爪印を押した。
[System Notification] 人材獲得ログ
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New Member: ヴォルカノス (Ancient Dragon)
Position: 社外取締役兼・戦略兵器
Salary: 自社株(譲渡制限付)+ マグマ温泉利用権
Effect: 魔王軍の軍事力(時価総額)が【ストップ高】になりました。
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「交渉成立ですね。……ようこそ、デーモン・ホールディングスへ」
私はニヤリと笑い、呆然とする魔王ゼノンに言った。
「社長。これで最強の『警備員』兼『広告塔』が手に入りましたよ。……さあ、次の面接に行きましょうか」
一方その頃。
説明会場の隅で、破り捨てられた求人チラシを拾う男がいた。
元勇者アルヴィンである。
「くそっ、魔王軍なんぞに入るかよ……! 俺はもっと、俺の実力を正当に評価してくれる場所へ……」
彼が握りしめていたのは、怪しげな紫色の紙。
『株式会社ネクロ・スタッフ ~アットホームな職場で、死ぬまで(死んでも)働けます~』
「ここだ! 『未経験歓迎・即日採用』! ここなら俺でも輝けるはずだ!」
哀れな勇者は、自ら地獄の門(ブラック企業)を叩こうとしていた。
(続く)
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