第16話 魔王軍の合同会社説明会、倍率300倍の大盛況 ~伝説のドラゴン様、洞窟で金貨を抱いて寝るのは『死に金』ですよ。当社のストックオプションで運用しませんか?~

株式会社デーモン・ホールディングス、設立記念・第一回合同会社説明会。
魔王城の前広場には、再就職を夢見るモンスターたちで長蛇の列ができていた。

「すごい数だな……。これも魔界の不景気のせいか」

警備担当のガントが、整列用のロープを張りながら額の汗を拭う。
その横で、私は手元のカウンターをカチカチと鳴らしていた。

「現在、来場者数3000名。採用予定は10名ですから、倍率は300倍ですね」

「お、鬼かよ! もっと雇ってやれよ!」

「無理です。人件費は固定費の最大要因。……我々が求めているのは、単なる頭数ではなく、即戦力となる『Sランク人材』のみです」

私がそう答えた、その時だった。

ズズズ……ッ!

地響きとともに、空が暗転する。
説明会場の上空に、巨大な影が差した。
燃え盛る翼、鋼鉄よりも硬い真紅の鱗。
魔界最強の生物――『古の火竜(エンシェント・ドラゴン)』、ヴォルカノスだ。

『グルルルゥ……。騒々しいぞ、下等生物ども』

ドラゴンの咆哮だけで、並んでいたゴブリンたちが泡を吹いて気絶する。
魔王ゼノンが慌てて飛び出してきた。

「ヴォ、ヴォルカノス殿! これは手荒い歓迎だな! 今日は何の用だ?」

『ふん、ゼノンか。……最近、貴様の城から美味そうな「金の匂い」がすると聞いてな。500億マナ持っているそうじゃないか。それを寄越せ。さもなくば城ごと焼き払う』

問答無用の脅迫。
だが、私は冷静に眼鏡の位置を直すと、一歩前に出た。

「お待ちください、ヴォルカノス様」

『あぁ? 誰だ貴様は。吹けば飛ぶような小物が……』

「当社CFOのクリフと申します。……500億マナ、差し上げるのは構いませんが、貴方はその大量の金貨を『どこ』に置くおつもりですか?」

『あ? そんなもの、俺様の巣(洞窟)に決まっているだろう。山のように積んで、その上で寝るのがドラゴンの嗜みだ』

ドラゴンは鼻を鳴らす。
私はすかさず、アリスに合図を送った。
空中に巨大なグラフが投影される。

「ヴォルカノス様。……大変申し上げにくいのですが、貴方のその資産管理方法は、現代経済において《最悪の愚策》です」

『……なんだと?』

「まず、金貨の山の上で寝るのは、腰痛の原因になります。そして何より――」

私はグラフの下降線を指差した。

[聖暦1010年~1026年] 金貨購買力推移INFLATION_RATE
───────────────────
▼ 金貨1枚の価値
[15年前] ■■■■■■■■■■ (牛1頭)

[現在  ] ■■■■■□□□□□ (牛半頭)

Result: 【インフレにより資産価値半減】
───────────────────

「ご存知でしたか? 人間界の乱獲により牛の価格が高騰し、相対的に金貨の価値は下がり続けています。つまり、貴方が洞窟で寝ている間に、貴方の財産は実質的に《半分》になっているのです」

『な、なにぃぃぃ!? 俺の財宝が……減っているだと!?』

ヴォルカノスが動揺する。
物理的には減っていなくても、経済的には減っている。この事実は、長命で溜め込み癖のあるドラゴンにとって最大の恐怖だ。

「そこで、提案があります」

私は懐から、一枚の輝く証書を取り出した。

「その500億マナ相当の労働力を、当社に提供(投資)していただけませんか? 対価として、金貨ではなく《当社の株式(ストックオプション)》をお支払いします」

『か、かぶしき?』

「はい。成長著しい当社の株です。これは金貨と違い、会社が成長すればするほど価値が上がります。……現在の成長率なら、10年後には資産価値が3倍になるでしょう」

『さ、3倍……! 寝ているだけで3倍か!?』

ドラゴンの目が、金貨よりも輝く。

「さらに、社外取締役として入社していただければ、福利厚生として『マグマ源泉かけ流し・専用巨大温室』をご用意します。もう、硬い金貨の上で寝て腰を痛める必要はありません」

『マグマ……! それに、腰痛対策……!』

ヴォルカノスの巨大な頭が、ぐらりと揺れた。
快適な老後。資産の増大。
それは、ただの略奪では決して手に入らないものだ。

「ど、どうしますか……? もしお嫌なら、他所のドラゴンに声をかけますが……」

『ま、待て! 契約する! その「すっとくおぷしょん」とやらを寄越せ!』

ズシンッ!
ドラゴンが前足で、差し出された巨大な契約書に爪印を押した。

[System Notification] 人材獲得ログRECRUITMENT_SUCCESS
──────────────────────
New Member: ヴォルカノス (Ancient Dragon)
Position: 社外取締役兼・戦略兵器
Salary: 自社株(譲渡制限付)+ マグマ温泉利用権

Effect: 魔王軍の軍事力(時価総額)が【ストップ高】になりました。
──────────────────────

「交渉成立ですね。……ようこそ、デーモン・ホールディングスへ」

私はニヤリと笑い、呆然とする魔王ゼノンに言った。

「社長。これで最強の『警備員』兼『広告塔』が手に入りましたよ。……さあ、次の面接に行きましょうか」

一方その頃。
説明会場の隅で、破り捨てられた求人チラシを拾う男がいた。
元勇者アルヴィンである。

「くそっ、魔王軍なんぞに入るかよ……! 俺はもっと、俺の実力を正当に評価してくれる場所へ……」

彼が握りしめていたのは、怪しげな紫色の紙。

『株式会社ネクロ・スタッフ ~アットホームな職場で、死ぬまで(死んでも)働けます~』

「ここだ! 『未経験歓迎・即日採用』! ここなら俺でも輝けるはずだ!」

哀れな勇者は、自ら地獄の門(ブラック企業)を叩こうとしていた。

(続く)

コメント

タイトルとURLをコピーしました