株式会社デーモン・クレジットの開業から数時間。
廃倉庫の前には、手形を現金化したい商人たちの行列が途切れることなく続いていた。
「へい、毎度あり! 次の人!」
ガントが窓口で、商人たちから手形を受け取り、わずかな現金を渡していく。
買取率は一律5%。
本来なら暴動が起きてもおかしくない暴利だが、商人たちは皆、拝むようにして現金を受け取って帰っていく。
「異常ですね」
私は山積みになった手形の束(額面総額・約13億聖貨)を整理しながら呟いた。
わずか数時間で、手持ち資金のほぼ全てを使い切り、10億を超える債権を買い集めた計算になる。
「ねえクリフ。どうして皆、こんなに現金(聖貨)を持ってないの? 聖教国って世界一豊かな国じゃなかったっけ?」
アリスが不思議そうに尋ねる。
彼女の疑問はもっともだ。
街を見渡せば、人々は熱狂し、景気は良さそうに見える。だが、実体経済(BtoB)の現場では、極度の現金不足が起きている。
「その答えは、あそこにあるようですよ」
私は窓の外、街頭に設置された巨大な魔法スクリーンを指差した。
◇
『さあ、信者の皆さん! 今日も徳を積んでいますかー!?』
画面の中で、純白のスーツを着た男――キョウヤが、派手なジェスチャーで叫んでいた。
背景には、聖教国のアイドル聖女・セレスティアが微笑んでいる。
『従来の「お布施」はもう古い! これからは、信仰も魔導(スマート)な時代です!
本日リリースの新商品……これだァッ!』
ドォォォン!!
画面に表示されたのは、キラキラと輝く聖女のイラストや、教皇のサインが書かれた魔導画像だ。
『その名も――【魔導聖遺物】!!』
広場に集まった群衆が「うおおおおっ!」と歓声を上げる。
『この聖なる魔導データには、教会によって固有の聖教番号(ホーリー・ナンバー)が刻まれています!
世界に一つだけの、あなただけの聖遺物!
これを持っているだけで、なんと「天国への優先搭乗権」としての徳が自動的に積まれていくのです!』
キョウヤが紫煙を吐き出す魔導喫煙具をふかしながら、甘い声で囁く。
『価格は一口、たったの1万聖貨から!
ですが皆さん、ここからが凄い。この魔導聖遺物は……なんと「信者間で売買」が可能なんです!』
画面にグラフが表示される。右肩上がりの急カーブだ。
『昨日1万聖貨で買った「聖女の微笑み・聖教番号001」は、現在市場価格で50万聖貨で取引されています!
徳を積んで天国に行けるだけでなく、現世での資産も増える!
まさに神の奇跡! 買わない奴は異端者だ!』
ワァァァァァッ!!
画面の前の群衆が、我先にと販売所へ殺到していく。
その手には、生活費や事業資金として使うはずだった現金(聖貨)が握りしめられている。
◇
「……なるほど。謎が解けました」
私は冷ややかな目でスクリーンを見上げた。
「これが『現金の消失』の原因ですか」
「えっ? どういうこと、大将?」
ガントが首をかしげる。
私は手元の魔導計算機を叩きながら解説した。
「キョウヤは、実体のない魔導データに『徳』と『値上がり益』という付加価値をつけて売り出しています。
人々は『儲かる』と信じて、手元の現金を全て魔導聖遺物に変えてしまう。
その結果、市中から現金(聖貨)が吸い上げられ、キョウヤの懐に集中する……一種の『ポンプ』です」
「でもよ、実際に値上がりしてるなら、儲かってるんじゃねぇのか?」
「それは『含み益(幻)』に過ぎません」
私はガントの持っていた手形を一枚つまみ上げた。
「例えば、ガントが1万で買った魔導聖遺物が、翌日50万になったとしましょう。
あなたは『49万儲かった!』と喜びますが、それはまだ現金化されていません。
そして、もっと値上がりすると信じているあなたは、それを売らずに持っているか、さらに借金をして買い増しするでしょう」
「……おう、そりゃそうだな。持ってるだけで増えるなら売らねぇよ」
「そう。誰も売らない(利益確定しない)から、価格だけが吊り上がっていく。
これを経済学では『バブル(泡沫)』、あるいは『ポンジ・スキーム(ネズミ講)』と呼びます」
私は眼鏡のブリッジを押し上げた。
「このシステムの恐ろしい点は、『最後にババを引く誰か』が必要だということです。
皆が『現金化したい』と思った瞬間、買い手がいなくなり……価格はゼロになる。
その時、手元に残るのは『徳』という名の無価値な魔導データだけです」
「うわぁ……エグいね」
アリスがドン引きしている。
彼女は石板を操作し、魔導聖遺物の構造を解析していた。
「しかもこれ、ただの画像データじゃない。裏に『自動契約術式(スマート・コントラクト)』が仕込まれてる。
転売されるたびに、売買代金の10%が自動的にキョウヤの口座に入金される仕組みになってるよ」
「……完璧な集金システムですね」
キョウヤは、宗教という「信じる心」を悪用し、恐ろしい投機システムを構築している。
信者たちは救いを求めているつもりで、その実、キョウヤの養分になっているのだ。
そして、このバブルの裏で、実体経済(商人や職人)は資金ショートで死にかけている。
私たちが買い集めている「手形」は、その犠牲者たちの悲鳴だ。
「大将。……ってことは、この国はもう終わりか?」
「ええ。今のままなら破滅です」
私は立ち上がり、金庫の中に残ったわずかな小銭をポケットに入れた。
「ですが、これは好機(チャンス)です。
キョウヤは今、調子に乗ってバブルを膨らませすぎています。
風船は、大きくなればなるほど……割れた時の衝撃も大きい」
「……まさか、割る気?」
アリスがニヤリと笑う。
「もちろんです。
彼らが『値上がりする』と信じている聖教国の通貨、国債、そして魔導聖遺物。
それら全てに対して、我々は逆のポジションを取ります」
私は買い集めた13億分の債権(手形)の束を指差した。
「このゴミ(ジャンク債)を担保に、裏のルートから資金を調達してさらに増やし……
『空売り(ショート)』を仕掛けます」
聖教国の繁栄。キョウヤの錬金術。
それら全てが「虚構」であることを証明し、彼らを地獄の底へ叩き落とす。
「さあ、アリス。
まずは市場調査です。キョウヤが次にどんな『手』を打ってくるか……」
その時。
アリスの石板が、新たなニュース速報を受信した。
『速報! 聖都に謎の亡命者!
元・聖女ミナと、元・勇者アルヴィンが保護されました!
これからキョウヤ様との緊急コラボ配信が行われます!』
「……なっ!?」
ガントが目を剥いて叫んだ。
「あいつら……ミナと、勇者の野郎か!? なんでこんな所にいやがるんだ!?」
魔王城の地下牢にいるはずの二人が、なぜ聖教国に?
私は即座に、先ほどのアリスの報告――「予備電源への切り替え」と結びつけた。
「……なるほど。そういうことでしたか」
アルヴィンが逃げたのではない。ミナが連れ出し、その結果として魔王城の動力が落ちたのだ。
そして、このタイミングでの登場。
「キョウヤは、彼らを『バブルの起爆剤』にするつもりですね」
新たなスターの登場。悲劇の物語。
それは、加熱する市場に注がれるガソリンとなるだろう。
「面白い。……まとめて相手にして差し上げましょう」
残り時間、あと7日と6時間。
バブル崩壊へのカウントダウンが始まった。
(続く)
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