第71話 現地経済の最適化 ~物々交換は非効率です。マナ経済圏を導入しましょう~

村長に案内され、私は村の中心にある広場へと向かった。
そこでは、明日の夜に控えた大宴会に向けて、数十人の獣人たちが大声でやり取りをしていた。

「ニャア! 俺の獲ってきたカジキマグロ、誰かヤシの実10個と交換してくれニャ!」
「ヤシの実はさっき焚き火用の薪と交換しちまった! 代わりに綺麗な貝殻なら3枚あるぞ!」
「貝殻なんか食えないニャ! 魚が腐る前にヤシの実が欲しいんだニャ!」
「俺はヤシの実を持ってるけど、欲しいのは魚じゃなくて香辛料だ!」

広場は完全にカオスだった。
誰もが自分の持ち物を掲げて叫んでいるが、取引は一向に成立していない。

アリスが目を丸くして呟いた。

「なにこれ。みんな欲しいものがバラバラで、全然交換できてないじゃん」

「当然です」

私は魔導計算機を取り出し、彼らの取引状況を分析した。

「彼らの経済システムは物々交換です。物々交換が成立するためには、自分の持つ物を相手が欲しがり、かつ相手の持つ物を自分が欲しがるという奇跡的な条件が必要です。これを経済学では欲望の二重の不一致と呼びます」

私は呆れ果ててため息をついた。
これでは、食材が揃う前に魚が腐り、宴会どころではない。

私が完璧なバカンスの夜に美味しい海鮮料理を食べるためには、この原始的な経済システムを破壊するしかない。

「村長」

私は杖をついた老人に声をかけた。

「あなたたちの問題は、取引の仲介となる価値の尺度が存在しないことです。私が解決しましょう」

「おお! 本当か、旅のお方!」

私は鞄の中から、一枚の硬貨を取り出した。
世界共通通貨「1マナ硬貨」だ。
太陽の光を反射して、金色の硬貨がキラリと輝く。

「皆さん、聞いてください!」

私は魔力で声を拡張し、広場の騒ぎを鎮めた。
獣人たちが一斉にこちらに注目する。

「今から、この島に通貨という概念を導入します。
物と物を直接交換するから、取引が成立しないのです。
間にこのマナという金属の板を挟むことで、すべての取引はスムーズになります」

私は先ほどのカジキマグロを抱えた猫の獣人と、ヤシの実を持つ猿の獣人を前に立たせた。

「例えば、カジキマグロの価値を10マナ、ヤシの実1個を1マナと定義します。
私がこの10マナ硬貨で、あなたのマグロを買いましょう」

私は硬貨を猫の獣人に渡した。

「ニャ? こんな硬くて丸いもの、食べられないニャ」

「ええ。ですが、この硬貨はいつでもヤシの実10個と交換できる証明書として機能します。さあ、そこの猿の獣人に硬貨を渡して、ヤシの実を買ってみなさい」

猫の獣人が半信半疑で硬貨を渡すと、猿の獣人は言われた通りにヤシの実10個を渡した。

「ニャアア! ヤシの実が手に入ったニャ!」

「そして猿の獣人さん。あなたは今、10マナを持っています。これで香辛料を持つ者から、香辛料を買うのです」

連鎖が始まった。
猿の獣人が香辛料を買い、香辛料を売った者が薪を買い、薪を売った者が……。

たった一枚の硬貨が仲介に入っただけで、欲望の二重の不一致は劇的に解消され、滞っていた取引が滝のように流れ始めた。

「す、すごい……! あっという間に宴会の準備が進んでいくじゃと!?」

村長が震える声で感嘆を漏らす。

「これが貨幣の流通です。価値の保存、尺度、交換手段。この3つの機能が、経済の血液となって社会を回すのです」

私は鞄から、大量のマナ硬貨と紙幣を取り出した。

「さあ、株式会社デーモン・ホールディングスの資金力をもって、この村に流動性を供給(量的金融緩和)します。適正な為替レートは私が決定しますから、どんどん取引を行い、宴会の準備を完了させなさい!」

「うおおおおッ! しーえふおー万歳ッ!」

獣人たちは狂喜乱舞し、私が設定したレートに従って、凄まじいスピードで物資を揃え始めた。
魚介類、肉、果物、酒。
村の広場に、あっという間に巨大な宴会場が構築されていく。

「ふふっ、クリフったら。結局仕事しちゃってんじゃん」

アリスが呆れたように笑う。

「違います。私はただ、明日の夜に美味しい海鮮料理を食べながら、ゆっくりと酒を飲みたいだけです。自分の休暇の質を上げるための、必要最小限の投資ですよ」

私は満足げに頷き、ようやくデッキチェアの置かれたビーチへ戻ろうと背を向けた。
これでインフラと経済は整った。

あとは最高の料理を食べて、極上のマッサージでも受ければ、私のバカンスは完璧になる。

「旅のお方! いや、クリフ様!」

またしても、村長が私の足元にすがりついてきた。

「今度は何ですか。もう経済は回っているはずですが」

「宴会の準備は完璧じゃ! じゃが……クリフ様たちをもてなすためのマッサージの腕が、村の若い衆には足りんのじゃ!」

村長は涙ながらに訴えた。

「この島の伝統的なマッサージは、力任せに背中を踏んづけるだけの粗野なもの……。これでは、クリフ様のような高貴なお方の疲れは癒やせません!」

私はピクリと足を止めた。
力任せに背中を踏んづけるだけ?

そんな乱暴な施術を受ければ、私の肩こりは悪化し、休暇の疲労が倍増してしまう。

「……アリス。魔王城の書庫から、人体解剖学と指圧の専門書を転送してください」

「えっ? また何かやるの?」

「私が求めているのは、最高級のマッサージ体験です。三流の施術で体を痛めるなど、断じて許容できません」

私は眼鏡を押し上げ、村長を見下ろした。

「仕方ありませんね。私があなたたちに、人体構造に基づいた究極のリラクゼーション技術を叩き込みましょう」

[System Notification] NEXT_PREVIEW
───────────────────
最高のスパを受けるため、クリフによる「村人たちの強制スキルアップ研修」が始まった。
「筋肉の繊維に沿って圧をかけなさい! 力任せに押すのは三流の仕事です!」
CFOの執念が生み出したゴッドハンド集団が、南の島に誕生する。

次回、第72話『極上のスパを求めて』
マニュアル化による現地住民のスキルアップ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました